僕の今の僕の心境というと

何時消えても仕方ないと思っていることなのだ。

思えば幸せな時代に生きたと思う。

 

モンタレーには間に合わなかったけど

ウッドストックには間に合った。

1969年から1971年にかけて

ブライアン、ジミヘン、ジャニス、ジム・モリソンが

ドラッグで命を失った。

いわゆる27Clubの起源だ。

これでロックは終焉したと思った。

これ以降はヒット曲は連発するけど

ロックはレコード産業の主力所品になって

完全に音楽産業の中で生き続ける。

 

なんせ僕はキースよろしく蛇革のロンブーを履き

ロック小僧を気取っていた。

それくらいロックは新しい時代の溢れていて

新しい価値感として存在してた。

 

この時代に話題の街、吉祥寺に住んでいたのも幸運だった。

街はまだサンロードが出来たばかりで

駅前にはヒッピー風兄ちゃんが長髪を靡かせていたし

ロック喫茶も点在していた。

街には喫茶店が氾濫していて野口伊織って人が中心にいた。

井の頭公園にはTVの撮影で中村雅俊や田中健などが浸かってのもこの頃だ。

街の感覚は新しい価値感が漂い

プレイボーイや平凡パンチなどの週刊誌も取り上

どこかにカウンターカルチャーの風が吹いていた。

 

74年に下北沢のロック喫茶で聞いたサディスティック・ミカ・バンドの

クリス・トーマスがプロデュースした『黒船』にはびっくりした。

同じ頃、ロックに転向したカルメンマキ&Ozのアルバムもショックだったのを憶えてる。

 

僕の生れた昭和30年は今もロックしてる連中が多い。

ちなみにChar、桑田佳祐、佐野元春、世良公則、BOWWOWの山本恭司などがいる。

新御三家の連中もそうだし上にはユーミンや金子マリがいた。

みんな同じようなアメリカの音楽を聞いて育った。

だから思い残すことがそんなにないのだ。

同い年の凶弾に倒れた安倍元総理も吉祥寺の大学で

同じ空気を吸っていたのもこの頃のことだった。

 

 佐野元春 「約束の橋」

 

 

カルメンマキ&Oz 「空へ」