こんにちは。うつ病の治癒にはその人にとって人生に関する考え方が大きく変わることが治癒(寛解ではなく、意識的に治癒と記しておきます)に至るには不可欠と言えます。私の場合は、せっかくいろんなことを、いいことも悪いことも経験するために生まれてきたのにそれを自分の価値観でがんじがらめに拒否していました。いいことだけ、認められることだけが価値のあることで、経験することに感謝さえありませんでした。
しかし、ある時、こうやって長期にわたって休職という時間を偶然にももらえ、自分の生き方を再考する時間を与えられていることに、すごく感謝の念が出てきました。そして、生きること、死ぬこと自体、すべてが経験であることに気づきました。
要は単なる経験であるがゆえに、そこに善悪の分別はないのです。それを目先の地位や収入などに心を奪われ、それを経験という目で見れずに自分自身を自分の心を刀で切り刻むような毎日を過ごしていたわけです。
それでは自らうつ病に限らず、病気になるのは自然の理といえるでしょう。そんな状況なのに自分は不幸だ、なんでこんな病気になってしまったんだ、健康な人がうらやましい、どうやったら症状は消えるのだなどと、今度は不満ばかりを募らせ、それが自分の存在を認めない方向に働き、強い不安感を感じて、症状として出ていたわけです。
ですから、根本の原因は人生に対する臨み方というか、生に関する姿勢が納得いく形でその人なりに変わることが絶対に治癒には必要になります。
症状を消す、私の場合、強い不安感でしたが、それを解消することばかりに、一生懸命になっても、一向に改善はしませんでした。結論的に言えば、自分を赦す先には、人生を楽しむために、経験させてもらえる環境にいる自分を感謝することがあるわけです。
みなさんがうつ病に至るまでにはいろんな経緯があったと思いますので、一人ひとり気づきの内容は異なってくるのだと思いますが。私の場合はせっかく経験するために生まれさせてもらい、回りには信頼できる妻がいるのに、自分の分別ですべてを自分自身を切り刻み、その不安に苦しんでいたわけです。どんなに焦っても、哲学的に考えても、生きるということは経験でしかなく、死は経験の終了を意味するのみです。ならば、楽しんで経験させていただき、感謝するのが、当たり前の人間の姿でしょう。現代は資本主義や成果主義など、何を得たかだけに目が行き、本来、人間が絶対に大事にすべき、経験という体験に価値を置いていません。その罠にかかるとうつ病やその他の病気になっていくのだと思います。
しかし、このような気づきは文字でなく、体感しない限りはわかりません。時間もかかります。周りには理解してくれる人、私の場合は妻ですが、そんな人がいてくれることも大きいと思います。
繰り返しになりますが人生は経験です。楽しんで広くいろんな人と出会い、いろんなことを経験し、いろんな思いを感じて、終わっていく一生にこそ、価値があるのです。ですから、病気にうつ病にかかって悩んでいる時も貴重な経験なのです。忘れてならないのは対症療法的、症状を消すことが治癒にはならないことです。その症状を沸かせている人生への考え方について大きな転換が必要になるということです。
人生は感謝すべき偉大で楽しい経験なり。