過激なダイエットの代償 ~下剤中毒~
2~3年前の事です。
今思うと物凄く下らない、馬鹿な理由で
下剤中毒になってしまったんです。
最初は、規定の量を飲んで便秘が解消されて、少しずつ体重が減っていく事が嬉しくて、それがどんどん薬の量が増えていって、気が付いた時には1日50錠飲むようになっていたんです。
そうなると当然、身体は悲鳴をあげ始めます。
それでも止められなくて、胃痙攣を何度も起こして動けなくなっても、決められた時間に決められた量の薬を飲まずにはいられない。
そんな事を2ヶ月もしていれば、家族も当然異変に気が付きます。
それでも、『最近ちょっとお腹の調子が悪いだけ』と言ってごまかし、心配される事すら疎ましく思っていたんです。
半年も過ぎるともう別人の様に痩せ細り、低体重と呼ばれる体重になり、1日の大半をトイレで過ごし、酷い時にはトイレで眠っているなんて事もありました。
その頃には外出なんて出来る体力はなくなり、食事は食べたらすぐに、消化される事なくそのままの形で排出される様になっていました。
睡眠時間も削って、
全てが薬を飲む事中心に生活をする様になり、一番の楽しみは毎日減っていく体重を見る事と骨の浮き出た身体を眺める事。
少しでも体重が増えると気が狂いそうになり、それをまた薬を飲む事で安心させる日々。
そんな中、薬のストックがなくなり、薬を買いに行くのが大変でした。
今なら歩いて10分程の薬局。
そこへ行くまでの体力がないんです。
でも、薬を飲むのを止める事なんて、絶対に出来ない。
前日の夜の分の薬を夕食と共に絶ち、充分な睡眠を取って薬局へ向かい、家では捨てられなかった薬のゴミを途中のスーパーに捨て、薬局でありったけの下剤を買い込み、持参して行った幾つものポーチに薬を分けて入れ、外箱をまた帰り道にスーパーのゴミ箱に捨てて帰る。
その頃はまだ、二階の自分の部屋で寝ていたので、朝起きたら薬を口に放り込み、下に下りたらすぐに飲み込む。
昼の分は、前日の夜にティッシュに包んでタバコの箱に隠しておく。
そして、家族の見ていない隙に飲む。
夜は家族が寝た後に薬を飲んで眠る日々。
薬を飲む時間を自分で決めていたので、その時間に1人になれないとイライラする。
1人になれないと一瞬の隙も逃さぬ様に家族を見張り、自分の方を向いていない
隙に薬を口に放り込み、お茶を飲むフリをして薬を飲み込む。
そんな生活、今思うと本当に馬鹿な事をしていた日々と思えるのですが、その時はそれが全てだったんです。
そんな生活をしていれば当然、1人ぼっちになります。
遊ぶ時間よりもトイレにいつでも行ける環境が大事。
何より、外出する体力もありませんでした。
そんな生活に限界を感じたのは、トイレから立ち上がれなくなった時でした。
止めたいけれど、太るのは怖い。
だけど、このままじゃいけない。
そんな私が取った行動は、母に手紙を書いて全てを打ち明け、手元にあった薬を全て取り上げて貰う事でした。
それまで心配されても疎ましく思い、邪険に扱っていたのに、母に頼るしかなかったんです。
それからは、怒られながらも、病院に連れて行かれ、摂食障害と診断され、まず自覚するところから始まりました。
結果的には、胃カメラを飲んで、胃痙攣を抑える薬を貰ってから、下剤を飲まずに少しずつ『食べる』事を始めました。
その時お世話になったのが、家の近くのパン屋さんでした。
パン屋さんのご主人が私の為に、と私の好きなチョコの新しいパンを作って下さったり、コレも食べてみて!とさりげなくパンを袋に入れてくれたりしたんです。
そんな周りの方のサポートもあり、その後時間はかかりましたが、今ではすっかり普通に食事をしています(`・ω・´)b
ただ、それまで下剤に頼り切っていた排便。
これを自分の力で排便出来る様になるのが大変でした。
最初の頃は便秘に良いと言われる飲み物を薬局で買ってきて飲み漁り、湯たんぽやカイロでお腹を温めて便座を温めてお腹をギューーーっと手で押して出していました。
しばらくはこんな感じでした。
最近では便座を温めるだけで排便出来るまでになりました。
かなり簡潔にまとめて書いたので他にも苦労はありましたが、それでも、あの痩せていた頃を思い出すと今でも誘惑に負けそうになってしまう時があります。
全て自業自得、自分の弱さが招いた出来事でしたが、今はまぁ、笑い話になっています。
薬関連では他にもやらかした事件があるので、それもいつか書いてみたいと思います。
今思うと物凄く下らない、馬鹿な理由で
下剤中毒になってしまったんです。
最初は、規定の量を飲んで便秘が解消されて、少しずつ体重が減っていく事が嬉しくて、それがどんどん薬の量が増えていって、気が付いた時には1日50錠飲むようになっていたんです。
そうなると当然、身体は悲鳴をあげ始めます。
それでも止められなくて、胃痙攣を何度も起こして動けなくなっても、決められた時間に決められた量の薬を飲まずにはいられない。
そんな事を2ヶ月もしていれば、家族も当然異変に気が付きます。
それでも、『最近ちょっとお腹の調子が悪いだけ』と言ってごまかし、心配される事すら疎ましく思っていたんです。
半年も過ぎるともう別人の様に痩せ細り、低体重と呼ばれる体重になり、1日の大半をトイレで過ごし、酷い時にはトイレで眠っているなんて事もありました。
その頃には外出なんて出来る体力はなくなり、食事は食べたらすぐに、消化される事なくそのままの形で排出される様になっていました。
睡眠時間も削って、
全てが薬を飲む事中心に生活をする様になり、一番の楽しみは毎日減っていく体重を見る事と骨の浮き出た身体を眺める事。
少しでも体重が増えると気が狂いそうになり、それをまた薬を飲む事で安心させる日々。
そんな中、薬のストックがなくなり、薬を買いに行くのが大変でした。
今なら歩いて10分程の薬局。
そこへ行くまでの体力がないんです。
でも、薬を飲むのを止める事なんて、絶対に出来ない。
前日の夜の分の薬を夕食と共に絶ち、充分な睡眠を取って薬局へ向かい、家では捨てられなかった薬のゴミを途中のスーパーに捨て、薬局でありったけの下剤を買い込み、持参して行った幾つものポーチに薬を分けて入れ、外箱をまた帰り道にスーパーのゴミ箱に捨てて帰る。
その頃はまだ、二階の自分の部屋で寝ていたので、朝起きたら薬を口に放り込み、下に下りたらすぐに飲み込む。
昼の分は、前日の夜にティッシュに包んでタバコの箱に隠しておく。
そして、家族の見ていない隙に飲む。
夜は家族が寝た後に薬を飲んで眠る日々。
薬を飲む時間を自分で決めていたので、その時間に1人になれないとイライラする。
1人になれないと一瞬の隙も逃さぬ様に家族を見張り、自分の方を向いていない
隙に薬を口に放り込み、お茶を飲むフリをして薬を飲み込む。
そんな生活、今思うと本当に馬鹿な事をしていた日々と思えるのですが、その時はそれが全てだったんです。
そんな生活をしていれば当然、1人ぼっちになります。
遊ぶ時間よりもトイレにいつでも行ける環境が大事。
何より、外出する体力もありませんでした。
そんな生活に限界を感じたのは、トイレから立ち上がれなくなった時でした。
止めたいけれど、太るのは怖い。
だけど、このままじゃいけない。
そんな私が取った行動は、母に手紙を書いて全てを打ち明け、手元にあった薬を全て取り上げて貰う事でした。
それまで心配されても疎ましく思い、邪険に扱っていたのに、母に頼るしかなかったんです。
それからは、怒られながらも、病院に連れて行かれ、摂食障害と診断され、まず自覚するところから始まりました。
結果的には、胃カメラを飲んで、胃痙攣を抑える薬を貰ってから、下剤を飲まずに少しずつ『食べる』事を始めました。
その時お世話になったのが、家の近くのパン屋さんでした。
パン屋さんのご主人が私の為に、と私の好きなチョコの新しいパンを作って下さったり、コレも食べてみて!とさりげなくパンを袋に入れてくれたりしたんです。
そんな周りの方のサポートもあり、その後時間はかかりましたが、今ではすっかり普通に食事をしています(`・ω・´)b
ただ、それまで下剤に頼り切っていた排便。
これを自分の力で排便出来る様になるのが大変でした。
最初の頃は便秘に良いと言われる飲み物を薬局で買ってきて飲み漁り、湯たんぽやカイロでお腹を温めて便座を温めてお腹をギューーーっと手で押して出していました。
しばらくはこんな感じでした。
最近では便座を温めるだけで排便出来るまでになりました。
かなり簡潔にまとめて書いたので他にも苦労はありましたが、それでも、あの痩せていた頃を思い出すと今でも誘惑に負けそうになってしまう時があります。
全て自業自得、自分の弱さが招いた出来事でしたが、今はまぁ、笑い話になっています。
薬関連では他にもやらかした事件があるので、それもいつか書いてみたいと思います。








