4年前から現在までのT美との関係
四年前の記事の続きを書きたい所ですが、T美とのあれからの出来事や関係を簡単に書きたい。T美とは2019年の夏頃に結婚した。6月の私の誕生祝いの時に、T美との何気ない会話の中から突然私からプロポーズした形になった。和解して、お互いにまた恋人になり、そして私は結婚を意識していた。T美も私の気持ちを察していたようで、待っていたらしい。私の誕生祝いでの急な告白。狙っていた訳ではなかった。もっと別の、T美が喜びそうな別の記念日の時にと考えていた。誕生日を迎え、私が48歳、T美は50歳。このくらいの歳になるとやはり少しは寿命や死を考えてしまう。ましてや私は数十年の間は復讐鬼となり、自分の命を軽んじてた過去もある。T美も自殺未遂や生きる希望を失って寝たきりの人生期間もある。そんな死を連想させる過去を振り返り、祝いの席でT美を見ていた時、無性に気持ちが昂って、気がつけばT美を抱き寄せてプロポーズしてしまったのだ。後々振り返って見ると、あのプロポーズした時の自分の気持ちはよくわかってしまった。私達はもう若くない。いわば時間がない。ましてや空白の数十年が私達にある。普通の恋人や夫婦のような長年の積み重ねの日々がない。上記のような内容が、私の気持ちを昂らせた。もう一時も無駄にしたくない。若き時代に叶わなかったT美との人生の積み重ねを少しでも、今からでも取り返し体験したい。目の前の愛する女性を見て、その思いが爆発して抱きしめながらのプロポーズだった。そして私達は翌日に役所へ行き、すぐに婚姻届を出した。すぐに結ばれたい気持ちがお互いにあり、迷わず入籍した。そして仲間達にも報告。みんな驚きと興奮が凄かった。数日後に宴を設けてくれて、私達は祝福されて幸せだった。神崎さん.洋子さん.理恵.A子.M美さんら幼少期からの仲間、そして今私が拠点にしてる名古屋の仲間達の人妻さん.親友さん.同僚さん.広美さん.....私にとって、T美にとっても大切な仲間達に祝ってもらって本当に嬉しかった。人生で死を選択した事もあった。でも生きていてよかった。心の底からそう思えた。姉貴達にも報告し、神崎さん達とは別の形で後日改めてお祝いの席に招待された。かつての姉貴が起こした事件、私達は許したが、まだ全てが丸く収まった訳ではなく、神崎さん達地元仲間の心情を考えての別パーティーとなった。この席の面子は姉貴.旦那さん.双子の姉弟の春華と大貴.大貴の妻であるレティ.....かつての和解した時の主要メンバーに招待されての祝いの席。不思議な気持ちになりながらも、やはり和解して許し合えたのは正解なのだと、改めて感じて祝いを素直に受けとめていました。そして暫くして、正式に結婚式をした。とある教会で二人だけの結婚式にした。そして結婚式後の夜.....T美の何気ない一言から私は過去に思いを馳せていた。「今の私達の事、妹は祝ってくれてればいいわね.....」ボソッと呟いたT美の一言で、私は誕生日のプロポーズとは別の日に改めてプロポーズした日の事を思い出していました。私とT美とT美の妹の思い出の場所でもある、日本平ホテル。かつて日本平ミュージックランドと呼ばれ、私の大好きなロックバンド、THE ALFEEが開催したオールナイトコンサートの事を。そしてその日本平ホテルで改めてプロポーズしたあの日の事を。次回に続きます。