がんばれ(,,゚Д゚)
・・・などと息巻いていたら、後輩女子が
「でも、がっくりしてる顔もカワイイですよね

」だとーう?
そうじゃないだろおお
次は何時?
日程表
明日の0時半に個人団体決勝か、、、
今から備えます(暇なのか)
************************
いやいやいやいや
同僚はロンドン行っちゃって(←まだ根に持ってる)
おかげで商売繁盛(残業増えただけ)
イベント準備も人手足りないし
目使いすぎで顔変わってきちゃったよー
相変わらず上司Aは、周りがいろいろ我慢してるにもかかわらず
電話のお気に入りの相手に向かって高笑い。
アハハハハハハハハハ
向かいで、高笑いを聞きながら(うるせー)じっと手を見る私。
急になんか、心が折れたっつーか 気持ちが萎えたっつーか
今日も暑いなー。っつーか。
仕事残して帰ってきちゃった。

イメージフォト タイトル「心象風景」
大人になるって
嫌な相手をうまくかわし
気分転換をうまくやり
気分をうまく切り替え
という「嫌なものはうまくやりすごす」「気持ちを平和に保つ」的なことがよいとされるし、そうだろうとは思うんだけど、身体が無理してることには変わりなくないか?
「我慢して 気持ちをぶつけない」ってことが正しいとは、やっぱり思えないんだよねー
「思ったことはソッコー相手に言う」とか、そういうんじゃないですよ
そーいうんじゃなくて。。。
黙って我慢してても、その我慢、誰も見ちゃくれないよ。と思ってしまう。
あー
大人への道は険しいのう(←あんたいくつ)
あした「あなたうるさいですよ」とか言っちゃいそうで怖い。
とりあえず、
暑いのでアイスしよーっと☆かき氷
アイスはとりあえず幸せになる。
結婚時を思い出すものばかりで、私は心少し乱れる今日このごろ
まず、職場の話。
私の女上司・Aさんは前も書いた通りエキセントリック、ヒステリック
全てが「ワタシが一番」「あなたたちはまだ未熟」「やっぱりワタシがいないとダメ」
もう慣れました。
が、彼女がなぜか苦手なものがある。
それは「自分より年下の男」
それはあからさま。自分のような年下女には容赦ないのに、男相手だと
「うん、わかった。ありがと」
とかで終わる(╬゚◥益◤゚)
それか、若い男には自分が直接言わず、私とかに言わせる。
キタナイ。。
なんか、男の人との距離を掴むのが苦手みたい。
ま、態度使い分けてても部屋は同じわけで、タカビーな女上司に使われて平気な若い男子はおらず、やめていきますけどね。何もできなくてゴメンとは思ってる(泣)
それで、元夫の話。
元夫は小、中、高、大とずーーっと野球付け(全国大会含)
観るはもちろん自分でもやる生粋のスポーツオタク
松井やイチローが大好きで、松井の故郷・石川県根上町の実家や星稜高校の練習も見学に行った


星稜 サッカー本田の母校でもある
高校野球の甲子園予選も通ったし

神奈川県は超激戦区☆
プロ野球観戦は欠かさず 「ナンバー」は定期購読。
オリンピックなら大騒ぎ。北島にサッカーに為末にマラソンに、オタク解説付きで一緒に観まくった。
それで、私たちは新婚時、新婚旅行でニューヨークで「松井ヤンキースvsイチローマリナーズ」観戦ツアーに行こうと考え、仮予約もした
しかし、運悪く日程は私の会社が締切で忙しい週だった
女上司に恐る恐る申し出たら、申し出終わる前に「締切前に休んじゃだめです」
・・・。
もっと下手に出て、「実は、新婚旅行で……」とか、うまく言いようがあったとは思う
けど、そこで腹たって「もういいです」
それで泣く泣くキャンセルした。
何年後かに元夫が「あのとき、本当は行きたかったのに」と、珍しく愚痴られた
それぐらい、ちょっと後悔な出来事だった。
その後行くタイミングを逃し、行けなかった。松井も移籍してしまった
そして離婚した。
松井が戦力外、イチローが移籍って聞くと、なんか胸が痛くなる。
そしてまた今の話。
今週から、また締切の忙しいウィークがやってきた。
しかし、同僚の男は昨日、家族とロンドンに向けてゆうゆうと飛び立って行った
彼女にどううまく言ったのか
(╬゚◥益◤゚)
忘れよう 全ては終わったことだ
しかし、こういうことって会社じゃ珍しくないんだろうな。。。
差別はムカつくが 自分ももっと不器用じゃなく立ち回りたいよ。。
さてさて、そんなんでオリンピックなんですね。
「一緒に暮らす人の影響」とはここまで違うかというぐらい、今は静かです……
いや、もともと、スポーツ観戦は大好きなんだけど、選手の母校までチェックするほどじゃないんで。フツーに戻ったというか。オリンピック開幕が今日ってのも昨日まで知らなかった。
毎日働いて、結婚だの別れるだの、年齢がどうの、上司がどうの、将来不安がどうの、などとばかり考えてくると
頭でっかちになってしまって
変に知恵もついちゃって頭ぐるぐるで
顔もカラダもこわばって、一歩も動けなくなってしまう。小さくまとまってしまう。
そんな中、心技体、シンプルに己の身体を鍛え上げ、自分の限界に挑戦する
そういう顔、身体、たたずまいを見るのは心が洗われるようだ。
スポーツからは、若くみずみずしいパワーを、文字通りもらえるのだ
よし、応援しよう。
私は内村航平君推しでいく。
↑オチはそれか
今回は久々に、オタク知識抜きでフツーに観るオリンピック。
フツーに応援します。
がんばれー☆
自分はボランティアで、12年前からあるイベントを手伝っている。
20代の頃、初めて独りで住んだ街で、友達が欲しくて参加した。
仕事と、フリーライターと、そのイベント準備のかけもちで、4時間睡眠とかでやっていた。身一つで、「私これからどうなるんだろう」という将来不安はあったけど、若いから体力もあったし、一気に友人が増えて、イベントの充実感もあって、楽しかった。
準備期間中、何度も朝まで飲んで熱く語ったし、元夫と付き合い始め、いちばんラブラブだったのもその街でだったので、そこかしこに思い出が残っている。
途中、5年ほど休んでいましたが、それは引っ越して、結婚してた時期。
2年前、その仲間が数人、不慮の事故で亡くなった。
その一人の訃報を聞いたときは、金曜日。
みんながウキウキしている雑踏の中、自分は仕事帰り、新宿にオープンした「外国の自然派化粧品」系の店にいた。キレイなお姉さん店員と話して買って、ゴキゲンで店を出たときに仲間から電話があり、彼が死んだと知らされた。イベントをものすごく元気に引っ張っていた、年下の男の子。
その店、今では六本木、自由が丘と次々店舗を出してて、私そういう店が好きなんだけど、未だになんとなくそこには行けない。その店のせいじゃないんだけど。
葬式が続いたので、図らずも喪服で当時の仲間と再会することになり、私は当時、「次の次に住んだ街」で離婚バトル中だった。
通常な精神状態じゃなかった自分はその流れでイベント運営に復帰し、細々ながら手伝いを再開し、そして今に至ります。
気が紛れて助かった。相手弁護士からの反論文書を書きながら「こどもスタンプラリー」台紙作りで動物の絵描いたり、ちょっとカオスだったけど(笑)
なかなか離婚のことを打ち明けられなかった母がイベントに来て、ワサワサバタバタする中で伝えられて、そういうのにも助けられた。
今は、「次の次の次に住んでる街」からその街に往復しながら参加している。
10年前の、楽しい思い出しかないその街は開発でずいぶん変わってしまって。
でも、ここで立ち話したなとか、元夫と行った店はもうないなとか、「ここで○○したな」という光景がそこかしこにある。
今は、当時を知るスタッフより初めて会う人のが多くて、今年もまた新しい人が増えて、自分は説明する側に回っていたりする。立って話をしながら、窓の外にちらっと目をやって「あれ?」と思うことが何度もある。
住んでる場所と、仕事と、年齢と、この街の光景は変わったけど。
そしているべき人たちが永遠にいないけど。
私は再び、身一つに戻って、「これからどうなるんだろう」とまた漠然と思いながら、同じことをしている。
あれ?今、何だっけ?私、何歳だっけ?
錯覚する。頭がぐるぐるすることがよくある。
亡くなった仲間のことは、もう知らない人も増えてきたし、知っている人同士も、口にはしない。酒の席でも、たまに触れるぐらい。
まだ、みんな受け入れられないのではないかと思う。少なくとも、自分はそう。
作業場の柱の影から、ひょいって現れて、「おつかれー」って声が今にも聞こえそうな気がする。
今、またイベントの本番が近づいてきて、みんな忙しい。人手不足だ。
激やせな自分を「久しぶりー」って迎えてくれた恩と、続けねばという半ば意地で、自分は続けている。
当時と同じとはいえ、いろいろなことがあった。周りも、自分も。大きな地震もあったし。
その「いろいろなこと」のせいなのかわからないけど、一つ、気づいたことがある。
メールでも実対面でも、「ありがとう」「おつかれさまです」を言いあう頻度が増えた。
自分は会社が真逆なので(何したって「ありがとう」なんて言ってもらえない)、妙に新鮮に感じる。過剰に感じることもある。
ボランティアって会社じゃないから、査定もないし、それぞれが別々のことやってるから、「この人がどれだけ貢献しているか」とか、いちいち互いに見ていない。そのひまもない。
けど、イベント運営って、宣伝考える、原稿書く、ビラ配り、看板つくる、DM発送、撤収、打ち合わせ、弁当手配、そういういろんな煩雑の積み重ね。それを誰かがやるたびに、「ありがとうございますー」「おつかれさまですー」が飛び交う。
それが、小さいけど、すごく大事なことなんだなーって、じわじわくる今日このごろ。
会社でも、結婚生活でもそういうものだと思って慣れちゃってたけど、そうじゃなくて、「ありがとう」は、過剰すぎるぐらいがちょうどいいのかも。
突然の死とか、別れとか、結局それがなんだか一生受け入れられないし、たぶん、最後までわからないのだろう。
それを抜けて、ひとつだけ、なんとなくわかったこと。
相手を、ちゃんと思いやるということ。
そして相手も同じ思いで自分を思いやっていると、確認しあうこと。
その、簡単にみえて、思ってるほど言っていない「ありがとう」で。
アエラって煽り体質があるので話半分に読むんですが
先週のトップ特集は
「なぜここまで憎しみ合うのか 泥沼離婚 壮絶な現場」
・・・・・。(←だから読まなきゃいいのに)
昼休みのドトールで気が重くなるわたくし
最近、泥沼離婚モードな芸能人カップルが複数いますから、それに乗じた特集のようですが。
「子どもを託児所に預けてベンツ40代男と不倫する妻 → 探偵を雇い調べ、問い詰めたら妻逆上、復讐」
などなど、調停不成立、親権、養育費、財産分与、慰謝料などをめぐる泥沼ケースを羅列。
まあ、そういうのはもう自分には必要ないので(つーか忘れたいので)、読み飛ばし。
目を引いたのがデータ的なこと。
●今の日本では3組に1組が離婚(年間約25万組)
●その約25万組のうち、未成年の子どもがいるケースは約6割
●ある調査によれば、離婚原因の約6割は浮気
・・・・・・。
うーん、
自分は、もう、遠い目。
赤の他人がふたり、一緒になって、ちゃんと「家族」でい続けること
って、ほんとにすごいことなんだなあ、と。
・・・などと遠い目で読んでいたら、最後にハコ記事「3度目の離婚経験者、山○徹さんが語る」
(╬゚◥益◤゚)
語らなくていい!
「結婚相手は自分を移す鏡でもありますよね。なので、たとえば離婚の原因が相手の浮気にあったとしても、一概に浮気をしたほうが悪いとは言えないでしょう」
・・・出た出た、この論法。
「浮気をした妻や夫には、それをさせた自分がいるわけです」
される方も悪い、ってな。
もちろん、そんなこたわかってるんだよ。
カップルですから。2人でひと組ですから。
明確な理由なくとも、なんだか、「あれあれ」といううちに、関係がうまくいかなくなることはある。時期、環境、親、子、ホルモンバランス、仕事、等々、自分も相手も、その時期その時期で少しずつ変わっていく、その絶えず変化する二人がずーっとつながっているには、互いの自覚と努力がいる。
図らずも「25万組の1組」となってしまった自分の場合、有責配偶者は相手で、自分が慰謝料をもらって離婚したけど、100%相手が悪かったとは思っていない。
時折思い出し怒りは襲ってくるけどね。周囲へのポーズとして、そして自分にも言い聞かせるようにして、「ホントにひどい目にあったよ」とかは言う。
「浮気男なんてさっさと忘れて、さあ、次。さあ、自由♪」
っていうのが、気持ちの落としどころとしても、ストーリーとしてもスッキリいくんだろうけど、人の心ってそんな単純じゃない。しかも私は生来、クヨクヨ体質。
自分の努力も足りなかったんだなあ、あの時もっとああすればよかったなあ。
と、
考えない日はありませんよ。
…それをだなあ!って、まあ、そういう、雑誌の企画、かつ「そういうキャラ」化した山○さんに目くじら立てても、仕方ないわけですが。
でも、こういう論法、よく聞きますね。
なんつうか、不倫、浮気してるほうが経験値が高いみたいな、「特別なこと知ってる」みたいな、ちょっと上からな感じ。
ドラマや小説でも、奥さんの方が善良で、世間知らずで、愚鈍に描かれてて、不倫当事者同士の方が、なんか「抑圧された二人」的な、被害者な感じで燃え上がってるの、多いですよね。
自分も働いて、スーパーで並んで、水回り掃除して、「自分がこんだけ頑張ってんのに何で」って言葉飲み込んで、たまのパートナーの言葉や態度に感謝して、普通の生活を普通のふりして、普通とチカラワザで思い込んでキープしていく
私はその方がすごいと思いますけどね。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
これからは前向きなことをとかゆっておいて、煮え煮えになっております(ToT)
スイッチが入った原因がまたあるわけですが
その気になったらまたかきます
(煮え煮えスパイラル、、)
(※参考・引用;「AERA」2012年7月16日号)
現実逃避したくなると……私はブログが書きたくなる!(何のこっちゃ)
いやー暑いですね
暑いのにうっかりチャリで会社行っちゃったりして美白ローションパックが欠かせませんわ
サンバイザーでかっこいい感じのないかなー♪
そんな女子ブログっぽく初めてみましたが、書き終わった今、気分ズンドコ いやどん底
今回はオチなしでヽ(・∀・)ノ
*************************
自分、テレビあまり観ないんですが、唯一(唯二)観てるのがダンス三昧の「スタードラフト会議」(ダンス大好き)と「アメトーーク」。
食べ物の味がしなかった2年前。宮迫のトークに何度助けられたことか。。。
笑いは偉大です。
しかーし。
先週のテーマは
「バツイチはつらいよ芸人」
……。(微妙)
いや、でも楽しみにしてたんですよ。「家電芸人」「ガンダム芸人」数々の「○○芸人」はあれど、当事者になるってなかなかないですからね。
ひな壇にはバツイチな方々が並ぶ。全員男です。よく、離婚すると男のが引きずる、女は切り替えが早いなどと言われますが、関係ないと思います(涙
【以下要約】
「寂しさが倍増するから冬には離婚しないほうがいい。部屋が寒い」(ココリコ遠藤)
「離婚してまず買ったのは布団乾燥機。寝る時だけでも温もりを」(ココリコ遠藤)
「独り言が多くなる」(東京ダイナマイト松田)
「一緒に喜べる相手がいない」(遠藤)
こんな、あるあるネタで始まる。
……まあ、演出もありますしね。芸人さんですから、サービスで大げさに話すこともあるでしょう。
このへんまでは笑ってみていたんですよ。
しかし。
「自転車のチャイルドシートがまだ外せない。外すと子供がいなくなっちゃうのではと思って」(TKO木下)
客席、湧いてない。笑うどころか「うわあ・・・」みたいな。引いてる。
たまりかねて宮迫「もっとポップなやつでお願いします」
しかしいっこうにポップにならない。
「離婚後にファミリー割引の明細を見たら、相手の番号が消えていて…」(東京O3角田)
このへんから私、いたたまれなくなってきました。
ホトちゃん「もっとポップなのでお願いします!」
しかしいっこうにどころか「ひえええ」という声。会場引いてる
「管理人さんに『最近奥さん見かけませんけどどうかしたんですか?』と聞かれたときに顔が引きつって 引きつった顔が戻らなくなった」(スピードワゴン井戸田)
「離婚届は相手が出した。数日後に役所から『離婚を受理しました』みたいなはがきが届く。それを見て『分かってるよ!!』『受理してんじゃねえよ!』」(東京03角田)
……。
「何をしても良すぎて何をしていいかわからん。部屋で立っているときがある」(木下)
ここでズギュンときました…イタイ
「『あ、たんぽぽが咲くんだ』とか四季折々のものに興味深くなる」(バッファロー吾郎)
イタイイタイ
「無理やり芸人仲間に連れられディズニーランドに行ったら、ミッキーが『みんな友達だ!』『家族だ!』とか言って辛すぎた……なのに最後、ミッキーが『ここにいるみんなが家族なんだ!』と言ってた。ボロボロ泣いた」(東京ダイナマイト松田)
「喜べる回数が減った 家に持ち帰ったときに一緒に分かち合う相手がいなくて悲しみに変わるから いいことなんかなくていい 普通が一番いいと思ってしまう」(角田)
「今日一日笑ってないな、と思ったら、トイレに行って、無理に笑って筋肉を鍛える。このへん(ほっぺた)が固くなってくるんですよ」(松田)
イタイイタイイタイ
そのうち
「一升炊きの炊飯器で一合炊くと少ない」(遠藤)
「0.5合でも炊けますよ」(ハチミツ次郎)
みたいな世知辛い話になってそこでテレビ消しました。
イタイよ 自分にはまだイタすぎるよ(泣)
この番組、バラエティでは珍しくギャラクシー賞っていうの優秀番組の賞を受賞していて、その対象になったのが「中学の時イケてないグループに属していた芸人」。
これ、けっこう感動したんですよ。今現在、「自称・イケてないグループに属してる」子は、きっとこれ見て勇気を与えられてるんだろうなあ、と熱く思ってたのですが……
違った
当事者にとってはひたすらイタい えぐられる いたたまれない
ということが分かりました(涙) こんなことで経験値上がってどうする。
笑って見られるのはいつのことか トホホ
これ書くために録画見直しちゃったよ、、、ヽ(´Д`;)ノ
オワリ
最近の気づきは「穏やかだが何もしない人」が一番強敵だということ
「穏やかだが何もしない人」とは。
解説しよう
いわゆる「いい人」
自分から波風は決して立てない人
いつもニコニコ、「これから雨が降るらしいぞー♪」とか、どーでもよいが場を和ます言葉はポンポン言える、
しかーし。
その人は一応、役職。
どんなに言葉を尽くし頼んでも、動いてくれない。争いを徹底的に避けるから。
えーと、うちの上司のことです
争わないと進めないことなんて山ほどあるのよ
ほんとにもう
のれんに腕押しな日々に、壁を殴りたくなるわ 自分への怒りでな
さてさて、怒りマックスになるとこうやって上司とか、元夫とかの恨みつらみを掃き溜めのようにここに書いてしまうわけですが、それも大事なんだが、自分はもっと、そうではないことを吐いていかなければいけない気がする
マイナスではなく、プラスな何かを。
家族とも住まず、先生もいない、査定もされない
これは諸刃の剣で、果てしない解放感・全能感と、焦燥感・孤独感が交互に訪れる
ひとり、それは、自分で締切を設けて、自分で納得して、進んで、やってくしかないということよ
その先のために。
その先に何があるのか知らないけどな
支えてくれる友達もいて幸せだけど、友達はやはり家族じゃない。
なんで急にそんなん考えたかというと、なんか、気づいたら7月。なんなの、もう7月。
夏休みなんてちょっとしかないけど。
そして夏も忙しくなりそうだけど。
いい大人だけど、自分で「夏休みの宿題」決めてがんばろう

新緑 in 岩手
中学校ぐらいまでは互いの家に泊まりあい、男の子の話をし合う仲。
親たちには仲良しの二人と映っていたろうし、由紀ちゃんもそう思っていたかもしれないけど、実のところ自分は彼女が少し苦手だった。
由紀ちゃんは明るくて社交的でとても美人。小学生のときから話は男の子のこと、中学に上がってからは彼氏のこと。常に周囲の注目を浴びている女の子。
そういう女の子の横にいる女の子の常であるように、私はいつも彼女から半歩下がった場所にいた。まあ、女の子同士にはよくある位置関係だ。
当時は世界がそこしかなかったけど、二人とも大人になって、別の世界をそれぞれ知って、自然と疎遠になった。
☆
由紀ちゃんが難病の子・Uちゃんを産んだのは、私が結婚したころ。成長につれ身体は動かなくなるのに、意識だけは残るという酷な病気だった。
4歳になったUちゃんが寝たきりになって、まだ話せたころ、元夫とお見舞いに行った。
寝たきりの子のお土産に何を買っていいかわからなくて、外国の仕掛け絵本を買った。買ってしまってから、Uちゃんはページがめくれるのだろうかと気になった。
Uちゃんが寝るベッドの周りはディズニー、ジブリ、Uちゃんの好きなものでいっぱいだった。
「どうも、ありがとう」
Uちゃんは声は小さいけど、まだ話せた。本を喜んでずっと読んでくれた。ページはお父さんがめくった。
由紀ちゃんと旦那は、Uちゃんが動けなくなる前にいろんな場所を見せたいと、小さい頃にたくさん、いろんなところに連れて行っていた。その写真がところ狭しと飾られていた。誕生日や七五三も。
由紀ちゃんは相変わらず美人で、明るくて、よく喋る。物静かな旦那さんと、小声でしか話せないUちゃんとの音の空白を、自分ひとりで埋めねばと義務感に駆られているかのようだった。
Uちゃんと、元夫と、絵を描いた。Uちゃんは、マルを描いて、棒を一本描いて、「チューリップ」と言った。
「ほんとだ。チューリップだ」
夫も真似してマルと、棒を描いた。
その景色は今も覚えている。広めのバルコニーから、優しい西日が差し込んでいた。
「ありがとうね。来てくれてありがとう」
Uちゃんのお葬式が済んでからも、由紀ちゃんは繰り返し私にこの日のことを「ありがとう」と言った。
☆
Uちゃんのお葬式は、「子どもなのだから、明るく送ってあげたい」という由紀ちゃんの希望で、風船と写真とぬいぐるみに溢れた、葬式らしからぬ明るい雰囲気で行われた。
当時離婚バトル中だった私は、当然、独りで行った。食事の味がしなくて、体重が減って、周囲の友人に気遣われて、自分が腫れ物扱いになっているようで辛くて、という日々の最中(被害妄想だけれど)。気づいたら、お葬式の会場の前にいて、彼女にどんな顔で会えばと足が止まった。
彼女は泣いていなかった。そして、出産予定日が迫っていて、パンパンに膨れたお腹を抱えていた。
「トーコちゃん来てくれてありがとうね。ゆっくりしていってね」
病院の看護師さん、同じ難病の子を持つ家族仲間など、次々に弔問に訪れる人たちに囲まれて、彼女は結局、最後まで涙を見せなかった。もちろん、前夜まで泣いただろう。しかし、私と同じ、年相応のものは顔に刻まれているけど、声の感じも、笑顔も変わらない、由紀ちゃんがそこにいた。
それからほどなく、由紀ちゃんには男の子が生まれ、私は夫と離婚した。
さらに1年後、優しく子煩悩な由紀ちゃんの旦那にその子を預け、私たちは居酒屋で話した。二人でゆっくり話すのなんて、多分20年ぶりぐらい。
女同士でしか話せない話は、いくつになってもある。二人で堰を切ったように話した。
私は話した。夫が不倫していたこと、不倫相手と戦ったこと、豹変した夫やその母と戦ったこと。肉体関係の回数まで調べ、白状させたこと。
彼女も話した。前夫にひどい目にあったこと、お葬式で「次の子はUちゃんの生まれ変わりだね」「思ったより元気そうだね」などと言われて傷ついたこと、そしてUちゃんを亡くしてしまった自責の念。話しながら、由紀ちゃんは泣いた。私も泣いた。多分、お互いに初めて見せた涙。こんなに長い付き合いだったのにね。小さい頃は小さい世界で互いに意地っ張りで、泣かなかったのかもしれない。
「由紀ちゃんのせいじゃないよ」と何度言っても、彼女に届かないことはわかっていた。
「トーコちゃんのせいじゃないよ」「自分を責めちゃだめだよ」と言ってくれた友人のその言葉は、言われるたびに辛かった。その言葉に、ちっとも救われなかった。
だけど、そういってくれた友人は、決して悪気があったわけでないこともわかっている。私だってそうだ。彼女に何か言ってあげたいのに「あなたのせいじゃないよ」以外に、どんな言葉があるだろうか。だって、本当にあなたのせいじゃないと思っているもの。
傷ついた人に言葉をかける側の気持ち、かけられる側の気持ち。
両方、少しずつ知ったことは、悪くはなかったのかもしれない。
由紀ちゃんは言った。「葬式で母親が泣いてたら、みんなが困るじゃない」。愛する子どもがだんだん動かなくなる。その葬式の席で、何やかやと言われながら、泣かないでいる。由紀ちゃんはすごいと思った。自分にはできない。
けど、そういう心の機微。きっと彼女も、両方、少しずつ知っているんだろうという気がした。だから私も言った。伝わらなくてもわかってくれるだろうと思いながら。「由紀ちゃんのせいじゃないよ」
☆
Uちゃんと絵を描いたあの一日、2組の夫婦と1人の子供。部屋に5人いた。そのうちの2人が、もういない。由紀ちゃんが繰り返し、「あの日来てくれてありがとう」と言う彼女の真意を私は理解している自信がないけど、確かにあの日は、今思えば奇跡の一日だった。
人は、笑っても笑っていないときがある。
食事の味のしなかったあの日々が、泣きながら笑っている人の心を少し思いやれるようになった今につながっているのなら。
泣いて、笑って、喋って、時計を見たら6時間が経過していた。
「うそでしょー!」「電車ないよ!」
いや、電車はギリギリ、ありました。
改札を抜けて、後ろを振り返ったら、由紀ちゃんがいつもの笑顔で手を振っていた。そのシルエットで、6年生の夏休み、同じ路線の別の駅で、同じように別れた景色が唐突に蘇った。















