ローザの葬儀は翌朝、ヘクトの海岸でひっそりと行われた。柩の中で安らかに眠るローザに…コルエ、グレイ、親方、ラエル、屋台の主人がそれぞれ…別れの言葉を掛けて行った。

「それでは…最期に…ロウさん。」

神父が静かに…ロウを柩の前まで呼びよせる。ロウは涙で瞳を腫らしたまま…眠っているローザの頬に手を当て…優しく語り掛けた。

「よぅ…。気分は…どうだ?この場所に来るのは…本当に…久しぶりだな。…俺達の関係は…この場所で…始まったんだよな。俺はなぁ…キミと出会えて…本当に…幸せだった。」

そう語り掛けるロウに再び涙が溢れ出した…ロウは…必死に堪えながら話しを続けようとする…。が…次の言葉が涙に遮られて出てこない。その姿を見かねたグレイが、ロウに近寄り話し掛けた。

「今…だけは泣いてもイイんだ…。お前の気持ち…全部…吐き出せ。」

グレイの力を借り…ロウが涙を流しながら…本音をぶちまけた…。

「お…俺は…残念で仕方が…ない。キミを…キミを失う事が…誰よりも怖かった!まだ…逝くのは…早いだろ!俺はまだ…何もしてやれて…ないじゃないか!これから…一緒にたくさんたくさん…歳を重ねて…幸せに暮らして行くはずだった!なのに…。…俺は…キミに…何もしてやれなかった!それに…キミの…異変に気付く事が出来なかった!…ったく…最低な…男…だな。」

ロウは涙を流しながらその場で…柩の中のローザを抱きしめる。そして…優しく…最期のキスをした…少し落ち着いた様だ…。その場にいた全員が、ロウの姿、ローザへの愛を知り…涙していた。

「…俺は…キミの太陽に…なる事が出来たか…?俺は…今でも…ローザ…キミを愛してる。これからも…俺達は…ずっと…ずっと一緒だ!だから…今は…ゆっくり休むんだ…おやすみ…ローザ。」

ロウの言葉と共に…柩は無情にも…ゆっくりと光を遮って行く…。

「さぁ…ローザ…行こう。」

柩は海へゆっくりと帰って行った…。



その夜…。
ロウは海岸に腰を降ろしタバコを吸っていた。

「ローザ…どうだ…そっちは…。イイ…場所か?」

そう呟くと…ロウはポケットに入った木箱を出して、それを開いた。木箱の中にはペアの指輪と…不死鳥の紋様の腕輪が入っていた。

「…不死鳥の様に…永遠の時間を共に…か…。何が…っ!」

「バーカ…止めとけ。」

「…親父…。」

ロウが腕輪を海へ投げようとした瞬間…。遠くからロウを見つめていたグレイがそれを止めた。グレイは…そのままロウの隣に座る。

「その腕輪は…もう…ただの腕輪じゃねえんだよ。それはなぁ…お前が愛した…女が…お前と共に…生きた証だ。」

「生きた証…。」

「お前はまさしく…十分過ぎる程に…太陽だったぜ。…その証を…無下に捨てるもんじゃねぇ…。」

グレイの話しを静かに聞き…ロウは…そっと腕輪を木箱にしまい込んだ。

「そうだよな…。俺達はこれからも…ずっと一緒…。」

グレイはロウに言葉も掛けずに立ち上がり、そして…静かにその場を離れる…。

「…親父!…俺…ガルバンに行くわ。親父さんに伝えなくちゃな…。」

「あぁ…行け…。でもな…これは…お前の心を癒す旅にしろ。親父さんの前で…お前の気持ち…ちゃんと全部…吐き出して来いよ。」

ロウは去って行くグレイを見送り、空を仰ぎながら呟いた。

「あぁ…。ちゃんと…自分と向き合わないとな…。」



翌朝…。
ヘクトの港には早朝からロウの姿があった。

「さぁて…行くか。」

荷物を持ち、ガルバン行の乗船手続きをしようとした時…。

「すみません…。ちょっと…お尋ねしますが…。」

…と、一人の老婆がロウに話し掛けた。

「ん?婆さん…どうしたんだ?」

「孫とはぐれちゃったみたいで…。」

ロウは迷った…。捜すか…捜さないか…。船は今にも出航する寸前である。しかし…。こういう場合…ローザなら…どうしただろう?いつの間にか…そう考えていた…。

「うん…そうだな…ローザ…。すまねぇ…ガルバン行き…今は…後回しだ!」

そう呟いたロウは、荷物をその場に置き…。腕をまくる。

「よっしゃ…!で…婆さん!孫は…どんな身なりしてるんだい?」

そう老婆に声を掛け、港で懸命に老婆の孫を捜し続けた…。

ロウと老婆が孫を捜す…そのすぐ後ろを…ガルバン行の船が太陽の光を後ろから浴びて、颯爽と出航して行く。

まるで…ロウの新しい旅立ちを表現する様に…。

~fin.~
二人の生活を再開して二ヶ月が過ぎた頃…この頃から、ローザは働きに行く事も出来なくなり…一日ベッドで過ごす事が多くなっていた。


そして…あれから、もうじき三ヶ月が経とうとしていた…ある日の朝…。珍しくローザがキッチンに立って朝食を作っているではないか…。ローザはロウに気付き、声を掛ける。

「おはよ…。」

「おはよって…ローザ…体…大丈夫なのか?」

朝からキッチンで動き回るローザを見て、ロウは驚いていた。こんなローザを見るのは…久しぶりである。ロウは側に駆け寄り、少し体を支えてローザに話し掛ける。

「今日はね…なんか調子イイんだ…。最近…私寝てばかりだったでしょ?だから…何かしてあげたくて…。」

ロウは叫びたい気持ちになっていたが…心の中でそれを一生懸命に堪えていた。

「バ…バーカ。気にすんなって!調子が悪いのも、夏の疲れが一気に出てるだけさ!ほら…続きはしてやるから…寝てなって。」

ロウはローザをその場でグイと担ぎ上げ、寝室まで運ぶ。

「あ…あの?ロウさん…?私…歩けますー!もー降ろしてってばっ!」

ローザはロウの腕の中でジタバタして…懸命に抵抗している。

「…ったく。解ったよ…ホラ!」

ローザは見事にベッド上空から…ベッドに向かって降ろされた…否、落とされた。

「もぅ…今日は私が作るはずだったのに!」

ローザはベッドに落とされ、少し苛立つ表情をして見せた。ロウはそれを完全に無視して、ただ…黙って…優しくローザを抱きしめる。

「ん…。まぁ…いっか。」

ロウの無言の気持ちを、ローザは汲み取った様だ。

「おぃおぃ…やけに今日は素直だな。…やっぱり頭の…ウミを出した方が…。」

ロウはいつかの様に人差し指をまっすぐ伸ばし、ローザの額に当てようとしていた。

「…いや!もう大丈夫デス!…もう少し…寝てまーす。」

ローザもバカではない、布団に包まり、ウミ出しを未然に防いだ。それを見たロウは笑いながらキッチンへと向かって行く。

「…ありがとう。ロウ…。」

ローザは天井を見ながらそう呟く。…本当はもう…自分には…時間が無い…、何となくではあるが…そう感じていた。

その夜の事だった。ローザは…また大量の吐血をした……。既に意識も半ば朦朧としている。…もう死期は近い様だ…。

「ローザ!しっかりしろ!心配すんな…。今…ラエル先生呼んで来るからなっ!」

「ダメ…行かないで。」

ラエル先生を呼びに行こうとしたロウの腕を、ローザは掴みそう答えた。そして続けて…こう話した。

「ロウ…。ダメだよ…。私…知ってる…。もう…長くないみたい…。」

「な…何言ってんだ。大丈夫だから。すぐに…すぐに良くなる。」

「私ね…ロウと出会えて…本当に幸せだったよ。…ごめんね。ロウを…これから…一人にさせちゃう…。一人になっても…ちゃんと…味見はするんだゾ…。」

ロウはローザの手を握り…ただ…一生懸命に涙をこらえた…。溢れ出す涙を押さえ込み、ロウはローザと唇を重ねる。

「あぁ…約束だ…。ローザ…これからも…ずっと…愛してるぜ。だ…から…い…今は…ゆっくり…休みな。」

ローザは力が抜けていく様に…ゆっくりと瞳を閉じて行く…。太陽の様な命が…正に今…終わりの瞬間を迎える。

「愛して…くれて…ありがとう。これからも私は…貴方の中で…ずっと…生き…続けるから…。」

ローザの、命の炎は…静かに消えていった…。

暗闇の中で…永遠の眠りについたローザを抱きしめたまま…ロウは…ただただ…声をあげて涙を流していた…。

「キミは…神官になりたいのかい??」




この言葉が私にとって…生きていて…初めて「手を差し伸べられた」瞬間であった。




私はこの方なら、世界の秩序と平和を永遠に守る事が出来る。


…そう信じていた。




だから彼の理想の為なら、多少の犠牲は止むを得ない…。


そう思った…。




…それが…人の命を奪う事だったにしろ…。




私の命は彼に捧げた…はずだった…。




彼の理想を破壊する2人の男が現れ、真実が判明するまでは・・・。




今思えば…私は…彼らが羨ましかった。




希望を持った瞳…何者にも捕らわれない自由な心…不屈の精神…そして情熱の魂。




全てが羨ましかった…。


闇に染まってしまった私には…無理な事であろう…。




それに比べ…私は。




今まで彼の理想、そして世界の秩序と平和の為に行ってきたと思っていた事が…。




彼の単なる個人的な欲望であった…と知ってしまった…。




悔やんでも…悔やみきれない…。




彼の独裁の為に何人もの人々の命を奪ってきたのだろう。




後悔ばかりが私を責め続けていた…。




今度転生出来るのであれば…。




もっと自由に…。




もっと希望を…。




そして…。




誰よりも熱き魂を…。