父と妹の声が遠くで聞こえているようです。
頭は、割れるように痛く、全身に激痛が走り、声はでません。
泣いているんだ、死ぬんだと分かりました。
好きな、サッカーをする日は、もうないんだ。
僕の教室の机に向かい、友だちと話すことも、もうない。
何もかもなくなるのだと思い、絶望しました。
やりたいことが、たくさんあるのに
なぜ、僕なんだろう。
神様は、ひどいことをするなと思いました。
それは、17歳になる春のこと、急な発熱と頭痛で目覚めました。
風邪をひくことは、時折ありました。
今回は、それとは違う、なんだか胸騒ぎが起きたのを忘れはしません。
とりあえず、親から渡された風邪薬を飲み、様子をみることに決めました。
熱は下がらないどころか、逆に上がり、ただの風邪ではないかも知れないと思い、市民病院で診察を受けると、すぐに入院が決まりました。
母は。足は足早く帰宅し、必要な荷物
を僕に渡してくれました。
その時が、母を見た最後になりました。
すぐに検査、そして大学病院への転院が決まりました。
肝不全に近い状態と伝えられました。
相変わらず、高熱が続き、坐薬を使うと医師から言われました。
坐薬を入れらるのは、初めてだったので、恥ずかしい思いがしました。
けれど、病気を治したい、早く好きなサッカーをやりたいから我慢をしました。
かいたことのないくらいの汗。
ナースコールになんとかてを伸ばし押すのもやっとでした。
家の薬を飲むより、病院にかかっていたら違っていたかという気持ちがよぎります。
その後のことは、よく憶えていません。
僕が個室に移り、日増しに、管を入れらる数が増えていったことくらいです。
僕のベッドの周囲は、慌ただしくなっていきました。
おそらく『スティーブンス・ジョン症候群』ではないか、父と一緒に、説明されましたが、あまり記憶にありません。
意識が遠のく時、看護師さんたちがしきりに、僕の名前を呼んでいるみたいでした。
答えようにも、声は出ないのです。
死ぬかも知れない、初めに感じた、異変を思い出していました。
体は軽く、見知らぬ景色が広がっています。
家族の姿は。見えません。
ふわふわとした、足元の雲の隙間からは、懐かしい風景が見えます。
家族と過ごした、家
友だちと勉強した、校舎
サッカーをした、グラウンド
ああ、僕は死んだんだ
天国にいるんだ
悲しい想いが込み上げ、涙が止まりません。
もう、妹に会えないのか
幸せに、長生きしろよ


