その古事記の中からのエピソード。
連れて逃げてよ
着いておいでよ
と歌ったかどうかは知らないが、仁徳天皇に目をつけられたメドリ。
そして、その橋渡し役になったハヤブサワケ。 「私はあなたが好き。」
と、メドリにコクられたハヤブサワケは、メドリとの禁断の恋に陥る。
それを知った仁徳天皇は激怒し、刺客を送ること。
倉橋山を超え、現在の曽爾村に逃げるも、ここで禁断の恋は終焉。
二人は処刑される。
その二人の墓と伝えられる楯岡山古墳。
かなり見つけるのが困難と聞いていたが、なんとかたどり着けた。
菟田野からトンネルを超え、曽爾村に入ったら、公衆トイレと駐車スペースが
あり、 そこに、案内板があった。 見ていくと、楯岡山古墳群という文字が
目に付いた。
「よし、これで行けるぞ」と、近くに存在する「曽爾中学校」「海洋センター」を
目指すも、 さっぱり発見できない。 近くに行けば、案内板があると思ったので
あるが。。。 仕方なしに、すこし戻ることにした。 戻ると門撲神社が目に
付いたので、お参りしていると、 神主の関係者なのか一人の中年女性に出会った。
「しめた。きっと古墳の場所を知っているだろう。」と、すぐに場所を尋ねた所、
「ちょっと、待ってください。」すると、初老の男性が出てきて、案内して
いただく事に。 しかし、その初老の方のいう事には、「なんか、工事をして、
なくなっているんとちがうかな。」
え、え~。 とりあえず、ついて行くことに。 場所は、やはり、思っていた場所で
正解であった。 が、案内役が、「いや~、このへんやったけどな。」と、ちょっと
岡になった所の下辺りだという。
三つ程、確かにちょっとした高く盛り上がった場所があり、二つの場所には木が
切られており、 多分これだろうと思って、反対側(南側)に廻る事にした。
すると、これが正解!
一番手西側の盛り上がった場所から石室が開口しているのを発見。
右側の盛り上がった場所からは、 開口部は発見できなかった。
恐らく、土が被さって見れないだけなのであろう。
「実は、ここには、確かに、メドリとハヤブサワケの墓だと伝わっているんやけど、
墓は、 三つあるとも聞いているんや。」とすると、木で覆われた一番東側の
盛り上がった場所も古墳かなと 思ったら、やっぱり、少しだけ、開口部が見つかった。
う~ん、そうすると禁断の恋に落ちたカップルの墓ではないのかなぁ。
当地の首長クラスの墓である可能性が高い。 確かに、天皇の意に叛いて
殺された人が丁重に 葬られるわけはないもんなぁ。。。
少々、落胆しながらも、無事発見した事に喜びを覚えて 家路に急いだ。

