Flat Nose Tenguのブログ

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怒りの色、怒りのパワーとあるが、人間は何を持って、そのような事を言うようになったのか。

怒りも愛も生命の根源となる色は同じである。だが、それらは破壊も可能であれば育みも可能なのである。

物理世界にだけに執着しすぎた、この事がわかりにくい。

また、中に物理世界の延長線である虚構の精神世界にのみどっぷりと浸かってしまった人間もいる。想像したものは忘れるか、またはすぐ実現に向かいその力を使うかが関の山である。空想は自由だが、空想は墓まで持っていけない。

 

私は宇宙人、隕石から来た大気圏突入の時の記憶なのか、身体が熱を帯びて火照っている。この惑星では「熱を帯びていること」は特別に思われるらしい。常時、熱を帯びている生き物はそうそういないが、一つだけいた。

 

ある時、時の番人となった生き物がいた。かつては龍と呼ばれた生き物だが、その龍は深い眠りについている。龍はこの空想にふけってだけの人間の事が哀れに思って、深い眠りにつき、彼ら彼女らを守ることにしたのだ。空想したものはある種「賞味期限」のようなものがあり、その場その場で消える、しかし、勇ましくもあり、実は優しさの塊である時の番人はこの哀れな人間のためを思い、深い眠りに入ってしまった。

時には敬れ、一番恐れられた生き物が出した甘えの結果がこれだ。時の番人の今の願いは彼らがこの空想の力をうまく使えるか、ということだ。その時が来るまで、番人は眠ることにした。

 

時は過ぎた、しかし番人はまだ一行に眠りから覚める気配はない、その間も、かつては龍と呼ばれた番人も、その空想に耽った人間達に影響され、意識の一部分が漏れてしまい、彼らに乗り移るようになってしまった。龍でもない、彼らはその力に触れると、酔いしれて、自分が全てを手中に収めたと思っている。彼らはあくまで時の番人となった龍の一部であり、龍そのものではない、いや龍そのものではあるが、実は龍を迎えに来るものがいる。今まで自分達を守ってくれた龍を誘導し、解き放ち、自由に空を舞わせることである。羽などなく、ものを壊すことなく飛び回る龍はとてつもない、そして破壊や再生などという低い次元をも超えた力を出すのである。地を歩く人間達はこの龍の舞を見るだけだ。そして龍が落ちぬよう、また何処かにうまくたどり着けるように練習する、これが人間に課された真の役割ではないか。そして前に進めば、龍は誰をもその懐に入れ、見るべきもの、そして時には今まで見たこともないものを見せてくれる。

 

休みも大切だが、大いに羽を伸ばし、空を飛び回り、この地上の色々な景色を楽しむことも重要だ。なんの意味があるって?いや、特に意味はない、ただ単に生きているってそういうことなだけだ。それ意外なんでもない。龍の声を聞いたものは是非、一緒に龍と舞う機会を作って欲しい、多分、そして、多分だが、後悔が減るようになると思う。

 

memo*:熱を帯びている、と言っても本当の意味の熱ではない。その力時代でやけどや怪我をするわけではないので、是非恐れず近づいて見てほしい。

私は隕石だ。隕石には意識がない、自然の法則に則って目標値に進むだけ。

ある日突然私が降り立った星はこの地球という星だ。

 

隕石であると、意識がないが、この地球という星では万物の物に魂、つまり意識のようなものが宿るらしい。隕石だった私は地球外生物としてこの惑星の人間の一人として転生をした。転生した経緯は全く持って覚えていない。だが、今では手足もあるし、この土や水からできたであろう身体を持っている。しかし、今でも私の中には隕石が持つ磁力や大気圏突入のときに持った何かが燃え盛る感覚がある。前に進んでいないと気が進まないのだ。

 

「燃える」と言うとこの星の人間はやれパッションだ、情熱だ、怒りだと無駄な感情が溢れだすことをイメージする。感情が溢れるまで、情を溜め込むとはとても生物の出来としては質が悪い。まだ発展途上である。別に溢れ出さなくても、身体は熱いパワーで溢れることができる。少なくとも私はそうだ。何かの芸をすること以外、感情を出すことはよろしくない。すべては計画通り、自然の原理の中で行動するべきである。

 

だが、しかしこの身体を持っていると、色々な感情が溢れてくる人間がよってくる。中には勝負を挑んでくるもの、中にはただ単にその感情をぶつけ当てたいもの、そして中にはその行き過ぎた感情を吸い込むロボットか何かだと思って思いつくことを吐き捨てるものもいる。中には人間の姿のまま何かのコアリアクターだと思ってエネルギーだけ取って行くやつもいるが、どれもこれも端的に言うとややこしく、失礼な奴らだ。

 

自然の原理、というのはとても不思議な表現であるが、無視をしている輩がこの惑星には多すぎる。しかし、どうやらこの星は無限を有限の中に無理やり押し込めた、または無の中で無限を表現しているような不思議な星らしい。そのバランスを使うのはとてもむずかしいのは無理がない、しかし、最終的には前に進む時には全人で進むことが不可欠だ。ジパングという星では31人32脚という競技があるそうだが、ああいう競技をたくさんした方がいい。一番遅くたって、いらない存在などはこの世にいないのだ。何故、この人間という半知的生物はこの事がわからないのだろうか。無限であっても、有限を選択した星にはひとつの選択しかない、おっと、時の番人とやらがあそこにいる。哀れなことに、進む力がない、または進む力がないと思いこんでいる人間達の意識がこの生き物を閉じ込めてしまっているようだ。守り神そのものを閉じ込めてしまっていることは侮辱以外のなんでもない、だが、この主は以前、この人間達のために怒ることなく番人をしている。怒りをあらわにしないどころか、弱体化している。番人以外にこの開放の方法はないのに、何故ぞんざいに扱うのか、わからない。

 

とりあえず、この星は調査をする必要がありそうだ。隈なく、できるだけ調査をすることにしよう…はて?「できるだけ?」すでに私もこの星に汚染されてきたようだ。時間はいつまでもあるわけではない、この番人が刻んでくれた時間一時も無駄にしないようにしよう、時という概念がなくなる前に…

 

追記: 私を見かけたとしても多分、君ら人間に私をみつける事は不可能だろう。だが、私の存在を感じた時は自分を信じて、人間の唯一と言ってもいい財産、「こころ」に問いかけて行動してくれよう。その時は時の番人にも頼らずとも、君は前に進めるだろう。