■研究開発履歴
1996年 雲仙普賢岳 水無川 無人化施工無線及び制御システム開発
1997年 無人ヘリ遠隔制御用無線システム開発
1998年 通商産業省 課題対応新技術研究調査事業 「ロボット・機器のための画像伝送・コントロール信号伝送技術の研究調査
2000年 国土交通省 洪水用地下トンネル 閉空間おける電波伝搬研究
有珠山 無人化施工 無線及び制御システム開発
伊豆諸島(三宅島 神津島 新島)群発地震 無人化施工システム開発
富士山源頭部 無人化施工システム開発
2001年 岩手・宮城 津波及び高潮対策 陸閘及び水門遠隔制御設計
岩手・宮城 津波及び高潮対策 無人ヘリ監視システム検討
清水港 津波及び高潮対策 陸閘及び水門遠隔制御設計 
岩手山火山緊急対策砂防施設工法検討業務
2001年 国土交通省重要回線設計業務
2002年 国土交通省重要回線設計業務  
2003年 国土交通省 外郭放水路無人点検装置検討業務
2003年 北九州太刀浦テロ防止 遠隔監視システム構築 
2005年 国土交通省 洪水用地下トンネル 閉空間おける電波伝搬研究
2010年 経済産業省「戦略的基盤技術高度化支援事業」にてプラント内自立走行「防爆」ロボット開発
2011年 プラント配管内腐食検出画像処理研究
2012年 原子力発電所内無人ロボット開発研究
    病院内における患者のベッドからの転落防止センサー研究
2013年 配管内固着物除去ロボット研究
■著書
(単著)「成功する独立起業計画完全マニュアル」(中央経済社1996)
「コンピュータとオフィス防災マニュアル」(工業調査会1995)
「大地震からの企業防衛マニュアル」(中央経済社1996) 
「大震災企業防衛完全マニュアル」6~8巻ビデオ(日本マネージメント教育機構1996)
(共著)ビッグデータのテキストマイニング(中央経済社2014) 他多数
■学術雑誌
原著 「無線を使った移動体安全管理システム」(セイフティ・エンジニアリング1998)
原著 「総合デジタル無線コントロールシステム」(建設機械 1998)
原著 「建設分野における無線利用」(日本ロボット学会2000)
原著 「総合デジタル無線コントロールシステム」(建設機械 2001)
原著 「地方企業の新規事業としてのロボット産業の可能性」(季刊 中国総研 2011)
原著 「トンネル内無人飛行船画像伝送」(建設の施工管理2012)
俺の赤シート 解説動画のアップ
学生たちが作ってくれた暗記用ソフト「俺の赤シート」の使用方法の動画がアップされました。
ネーミングが硬派なので動画も硬派です。
無料でここまでできるのかと驚くほどよくできています。
ベンチャーに参加してくれている学生たちは非常に優秀で、社会に出てからの活躍が楽しみです。
http://www.youtube.com/watch?v=m5U48DO6eRw
 江戸時代の大阪(大坂)は町民の町だと言われていますが、必ずしも正しくはありません。これまでお話しをしてきている中之島界隈は各藩の蔵屋敷が建ち並んでいるいわば藩の出張所が集まっているような場所でした。
 慶応大学の創立者の福沢諭吉は堂島浜の中津藩の蔵屋敷で生まれたれっきとした大阪出身者です。福沢諭吉は、5歳ぐらいの時に父が亡くなったため中津に帰っています。
しかし、20歳で再び大坂に戻り適塾に入学をしています。
 適塾はご存じのように緒方洪庵が作った蘭学を教える私塾です。当時に最先端の海外の学問や技術を習得するには鎖国の関係もありオランダ語を学ぶ必要がありました。
そのオランダ語(蘭学)に訳された書物を通してヨーロッパの医学や各種技術をそのころに日本人は習得していきました。
 適塾には全国から秀才が集まって狭い部屋のなかで皆で寝泊まりをして勉強をしていました。塾生は、福沢や大村益次郎、橋本左内のような武士もいれば、町人もいる身分差がなく、いろいろな地方から来ているため方言が飛び交う自由な雰囲気であったようです。オランダ語の解読には当然ながら辞書が必要で、塾に1冊しかない蘭和辞書を皆が奪い合うようにして使っていたそうです。その辞書をヅーフと呼びヅーフが有る部屋「ヅーフ部屋」は夜でも明かりが消えることがほとんどなかったそうです。
 塾はオランダ語の解読ができるか否かで成績が決まっていき、塾内のどの位置に寝床を確保でするか成績順に選べたそうです。
 成績トップの人は塾頭と呼ばれ、塾内内のみならず世間からも高い評価をされたようです。塾頭になるには入塾からこつこつと勉強をし実力を付けていくわけですが、福沢諭吉は入塾後1年ぐらいで塾頭になったそうです。
適塾からは多くの人材が輩出され明治政府の要職につく人や医者になり社会に貢献する人がたくさんいました。
 漫画家の手塚治虫が大阪大学出身の医学部出身であることは知られていますが、手塚の祖父は適塾出身で医者になっています。
適塾は大阪大学の前身の一部と言われていますので、手塚は祖父の後輩にもなるわけです。
写真は適塾の正面です。昔の町屋なので表の間口に比べその何倍も奥が深く建物がいくつかに分かれています。
適塾は重要文化財の指定を受けています。

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