数年前、夫が家をスマートホーム化した結果、
私たち家族は監獄で暮らすことになった。
「アレクサ、電気を消して」
その一言で部屋が暗くなる。
一見すれば便利で最先端の家。
でも私にとっては、最新設備で作られた
“デジタルな檻”
夫は「防犯」の名目で 庭、車庫、玄関、裏庭に
何台ものカメラを設置しました。
けれど映像を見られるのは夫だけ。
インターホンも夫のスマホしか
つながっていません。
誰が訪ねてきたのか。
私や子どもたちがいつ出て、いつ帰ったのか。
すべて夫だけが把握しています。
そしてある日、 家中のアレクサが“カメラ付き”に
変わりました。
リビングだけではなく、 子どもたちの部屋にまで。
その時、夫は笑いながら言いました。
「お前らの行動、全部監視してやるからな」
あの顔が忘れられません。
家族を守る父親ではなく、 逃げ場を奪って支配する監視者の顔でした。
家の中にいても気が休まらない。
もちろん、レンズカバーは閉めています。
でも、閉めていても安心できないのです。
レンズの向こうで、
音声だけ聞かれているのではないか。
見えていなくても、
こちらの生活音を拾っているのではないか。
そんな考えが頭から離れません。
だから私たちは、声を潜めます。
死角を探して、ようやく少しだけ息をする。
本来なら一番安心できるはずの家が、
今では最も気を張る場所になってしまいました。
ここはもう家ではありません。
息苦しい監獄です。
これはスマートホームではなく、
家庭内監視システム
「気にしすぎ」
「防犯のため」
そう言われ続けると、
自分がおかしいのではないかと思ってしまう
瞬間があります。
でも、家族の同意なく恐怖を与える監視は、
防犯ではありません。
それは支配です。
テクノロジーを使って行動を把握し、安心を奪い、逃げ場をなくす。
これはスマートホームではなく、
家庭内監視システムです。
異常なのは、私たちではなくこの日常
怖いのは、この状況が少しずつ“当たり前”になってしまっていること。
家族みんなが、見られていることに慣れていく。
声を潜めることに慣れていく。
自由に動けないことに慣れていく。
他人から見れば異常でも、毎日続けばそれが日常になる。
そのことが何より恐ろしい。
だから私は、いつかこの檻から抜け出す日のために、この異常な日常を記録に残します。
心まで奪わせないために。