子供と試験と酒と涙と漫画とB'zのブログ -32ページ目

子供と試験と酒と涙と漫画とB'zのブログ

税理士受験と我が子の成長を記録したり愚痴ったり遊んだりします。

ファイナル終了。


残りは自習時間のみ。


あと六日。


理論の精度を高める事と、計算のはやとちりを無くすこと。



今日の計算問題では一カ所。

最高の結果だなこれ。


理論で更正の請求がでた事以外は。

白紙ではないが、さすがに国税受験生よりは遥かに出来が悪い。とはいえまあまあの出来ではないか?とも思えた。


あのレベルの答案が一週間後に作れたら合格だろう。


いい具合だ。



何よりも消費税の合格をする自信をもつ事。

自分が出来ない問題は誰にも出来ない。


そこまで間もなくだ。



あとは、個別論点の見直しが必要だ。
計算のボリュームはそこそこあり時間は余裕だったけれど、判断ミスが数ヶ所。


なかなかやばいかも?なミス。

理論の柱は問題なく、Cランクはかけず。


う~ん。どうでしょう?



夕方は近所の盆踊りで夕涼みとリラ~ックス。


結構疲れた~。


ラストウィ~ク開始。明日も良質の勉強が出来ますように。




今日知ったけれど、笑わない赤ちゃんもいるみたい。


理由は虐待と言うから悲しい。


親にも色々悩みはあるだろうけど、少なくとも赤ちゃんには罪はない。

笑わないなんて考えられない。

望まれずに産まれたとしたら、虐待してしまうのだろうか?望まなくても、その存在をみたら可愛く感じるのではないか?


自分の思い通りに行動しないなんて赤ちゃんだけでなく、ほぼ全てがそうだ。無抵抗の赤ちゃんだから暴行をするなんて酷すぎる。


子供が欲しい人は沢山いるはずなのに、その人達には縁がなく虐待をするような人に子供が出来てしまうなんて哀しいし世の中上手くいかないね。


それを思うと子供が親を選んで産まれて来てくれるという考え方は都合が良く感じてしまう。親が望んだから、子供が好きだから言えるのではと。



欲しい、可愛いと思った時の気持ちを思い出そう。
まだ先の事だけど、宇都宮TACが11月に閉店するって。



他に最寄がないのにっ!!


大原は新しく出来たけれども。
今年合格なら問題なし。

その場合、年内は自習して年明け大原で新科目やればよい。


今年、残念ならどうしよう?通信?映像?
同一科目で学校代えたくないわ~。もう消費税やりたくないし財表とかやりたいし。


まぁ来月考えよ~か。

今日は無事、雨も降らずに盆踊りできました。



でも午前中に特急ジャーショーを見に行ってなかなか疲れ果てていたけれど。


二人の子達は遅い昼飯の後に寝てしまい夕方に出発したため、今も元気もりもり。


娘は昨日プリキュアの衣装でいったけど、中止だったから今日はリベンジかと思ったが、浴衣をチョイス。


髪型も変えておしとやかな雰囲気で出掛けました。


三つ編みは難しいね~。何となく形にはなったけれど練習が必要だなと感じる。


何で、どう練習すればよいのか。

俺には娘を可愛くする義務があるっ!


祭は最初三人で行き、フランクフルトやらかき氷やらジュースやら焼きそばやら食べている時に、妻とも合流。

小規模な祭だけど、屋台の価格は良心的プライスで食事も遊びもほぼ全てが100円代。


知り合いとも出会えるチャンスのため、子供達も久しぶりの友達に会えて楽しそうでした。



さて。


残り二週間。集中しなきゃね~。


いよいよ今週娘の合宿。不安と期待が少しずつ。

先生と友達らとお泊りとちょっと遠足。
これだけならば問題なさそうだけども、台風と重なりそうなのでそっちが心配だ。


むしろ延期の方が良い気がするのだけども、どうなるかな?



台風なんて消えてしまえばいい。
今日早速全国模試が帰ってきた。


自分的には計算大失敗だったが、20%には入れた。


難易度は高めだったという事でしょうか。


講評を後ほどみてみよう。
落ち着かない。気が散る。


いつもの事だ。そう自分で思うけれどいつもどうしていたかな?


何をどう感じるかは自分次第なのに、自分ではコントロールできない。


自分の考え方すら信じきれないようなあやふやな状態が続くため、イライラを抑えようという考えが沸いて来る。


それが既にイライラしているのが、前提の状態を現しているように感じる。


どこか根っこから勘違いが続いているような人生にも思える。
もう寿命の半分過ぎたかな?まだまだ長いのかな?短いのかな?これから自分には何が出来る?どう生きる?どう死ぬ?
何も解らない。今何をしなければいけないのか、何をしたいのか?今頭に浮かんだ事は、自分の考え?誰かの真似?


何を探しているんだろう?何を見付ければいい?足りないものは?不満なのは何故?


こう在りたいというビジョンは見当たらないけど、木に囲まれたログハウスの庭で椅子にゆられながら、読書している風景が見える。

そこはとても静かで心地好く、心落ち着ける誰かが建物の中で待っていてくれている気がする。

これが理想か?望みはそれ?
自分でも分からない。
今日の昼間。

部屋でくつろいでいる時に、突然息子が、今、食器棚から廊下の方へ誰が通ったー。


と言った。


部屋の中。


当然誰か通るはずもなく。しかし息子も本気な感じで話している。


上の子には何も見えないらしいし、勿論俺にも見えないし、何も感じない。


ゾッとするけども、敏感な子供には何かが見えるものなのだろう。


幼稚園でも見たことあるらしい。でも怖がっている様子もない。


大人が話すと胡散臭いが、子供だと本当かも?と信じてあげたいけれど、信じたくない。



何だろうね?
そして父となる。



読む前から、絶対に泣くと分かっていた。


あってほしくはない事だけど、現実にも起こりうるだろうと思いつつ、起こってしまった時の対処は?心はどう変化するのか?などに興味津々。



対象の家族が極端のためか、感情移入はあまり出来なかったが、それでもスーパー泣ける。



感動して泣いたと言うより、自分に当て嵌めて泣いたのだろうか?

辛い気持ちは十分理解出来るが、自分なら最初から交換はしないだろうなぁと考えた。


供に過ごした時間の方が遥かに重要だと普段から思っている。

血のつながりそのものに余り意味を見出だせないし、そんなに重要かは正直疑問だ。



それよりも、数ヶ月ならともかく何年もたったらそんな事実は知らせないで欲しいとも思うけどなぁ。


そうでない人もいるんだよね。相続時に判明してもねぇ。


数年前にあったね。どうなったのかな~?