2017年2月現在、
長女小3、長男小1
いまの学校は都会らしく?
1クラス30名弱 ×2クラスか3クラス
僕たちの小学校の時は
世代的に第二次ベビーブームということもあり
1クラス45~48名×5クラスだった。
静岡でこんな感じ
千葉では、多い時には10クラスとかあったらしい。
まあ、それぞれの地域の事情もあるんだろうが
いまの学校で驚くのは
地域の人が学校に自由に出入りして授業を覗ける日、とか
父兄参加で草刈りをする日、とか
地域の企業に班単位で取材?に行く(ここまではいいが)のに、
各班に父兄がつく、
とか
とにかく親を参加させることが多い。
僕たちが子供のころ親と学校との接点なんて、参観日しかなかった。
親と学校とは相容れない別世界だったはず。
だからこそ、学校の問題は親は頼りにならず
また、親はPTAとかを通して学校に要望を上げるという形でしか介入できず
教育の場は、聖域であったんだと思う。
それが、親が教育に介入し、また親の学力レベルが上がるにつれて
学校は聖域ではなくなり、むしろ謎の閉鎖空間で、
もしかしたらいじめなどの問題が隠されているかもしれない、
みたいな認識になってきたんだろう。
だから、もっとオープンに、みたいな動きなのかな?
PTAも、ただただ強制的に当番が回ってくるという親にとって苦痛な組織になり
また、それに反対するグループが、こんな埼玉の田舎の学校ですら現れたりする。
まあ、時代の流れなのだろう。
ただ一つ、腑に落ちないのが
これだけ主婦層の労働への復帰が渇望されている中
親が関係するイベントが多すぎる。
だいたい、親子で草むしりなんて、共働きの家の子供は
一人ぼっちになるじゃないか。
このことについて、教育者であった父の話を思い出す。
母親が看護師の家庭の子供は、
教師の中では印象が良くないのだそうだ。
まあ、10年以上も前の話だから、看護師ほど女性がガッチリ働く職種は
そんなに多くはなく、
また夜勤もあるため、生活が不規則になるのは仕方がない。
ただ、他の子供とは違った感覚で育つのだろう。
教師としては、既定路線でついてこない子供は厄介だ
となるのだろう。
まあ、45人の生徒を担任していた当時はそうなんだろう。
で、結局のところ
厚生労働省が夫を家庭に戻し、家庭の妻を労働者として活用し
人口減少の中、動労人口の増加を図ったとしても
文部科学省は反対なんだ。きっと。
母親は家庭にいるべし。
学校教育の根底には、この考えがあるとしか思えない。
有名私学の面接にも、親の品行が問われるらしい。
品行方正、国民全体の教育レベルを上げる
こういった教育指針である以上
母親は働きにくいし
もしくは、すべての面倒を見てくれる学校に入学させ
学費のために夫婦で働く(実質的に主婦層の復職率はあがるかもしれないが)
ここら辺が根底にあるから、
アメリカの真似をして、ゆとり教育とか言っても、教え方にゆとりがでるだけなんだろう。
幼稚園や保育園をいっぱいつくっても
優遇制度やお金で釣っても
学校教育が共働き(それもいろいろなパターンの)に対応した
カリキュラムを組みなおす時代になっているのではないのかなぁ。
そんな気がする。
長女小3、長男小1
いまの学校は都会らしく?
1クラス30名弱 ×2クラスか3クラス
僕たちの小学校の時は
世代的に第二次ベビーブームということもあり
1クラス45~48名×5クラスだった。
静岡でこんな感じ
千葉では、多い時には10クラスとかあったらしい。
まあ、それぞれの地域の事情もあるんだろうが
いまの学校で驚くのは
地域の人が学校に自由に出入りして授業を覗ける日、とか
父兄参加で草刈りをする日、とか
地域の企業に班単位で取材?に行く(ここまではいいが)のに、
各班に父兄がつく、
とか
とにかく親を参加させることが多い。
僕たちが子供のころ親と学校との接点なんて、参観日しかなかった。
親と学校とは相容れない別世界だったはず。
だからこそ、学校の問題は親は頼りにならず
また、親はPTAとかを通して学校に要望を上げるという形でしか介入できず
教育の場は、聖域であったんだと思う。
それが、親が教育に介入し、また親の学力レベルが上がるにつれて
学校は聖域ではなくなり、むしろ謎の閉鎖空間で、
もしかしたらいじめなどの問題が隠されているかもしれない、
みたいな認識になってきたんだろう。
だから、もっとオープンに、みたいな動きなのかな?
PTAも、ただただ強制的に当番が回ってくるという親にとって苦痛な組織になり
また、それに反対するグループが、こんな埼玉の田舎の学校ですら現れたりする。
まあ、時代の流れなのだろう。
ただ一つ、腑に落ちないのが
これだけ主婦層の労働への復帰が渇望されている中
親が関係するイベントが多すぎる。
だいたい、親子で草むしりなんて、共働きの家の子供は
一人ぼっちになるじゃないか。
このことについて、教育者であった父の話を思い出す。
母親が看護師の家庭の子供は、
教師の中では印象が良くないのだそうだ。
まあ、10年以上も前の話だから、看護師ほど女性がガッチリ働く職種は
そんなに多くはなく、
また夜勤もあるため、生活が不規則になるのは仕方がない。
ただ、他の子供とは違った感覚で育つのだろう。
教師としては、既定路線でついてこない子供は厄介だ
となるのだろう。
まあ、45人の生徒を担任していた当時はそうなんだろう。
で、結局のところ
厚生労働省が夫を家庭に戻し、家庭の妻を労働者として活用し
人口減少の中、動労人口の増加を図ったとしても
文部科学省は反対なんだ。きっと。
母親は家庭にいるべし。
学校教育の根底には、この考えがあるとしか思えない。
有名私学の面接にも、親の品行が問われるらしい。
品行方正、国民全体の教育レベルを上げる
こういった教育指針である以上
母親は働きにくいし
もしくは、すべての面倒を見てくれる学校に入学させ
学費のために夫婦で働く(実質的に主婦層の復職率はあがるかもしれないが)
ここら辺が根底にあるから、
アメリカの真似をして、ゆとり教育とか言っても、教え方にゆとりがでるだけなんだろう。
幼稚園や保育園をいっぱいつくっても
優遇制度やお金で釣っても
学校教育が共働き(それもいろいろなパターンの)に対応した
カリキュラムを組みなおす時代になっているのではないのかなぁ。
そんな気がする。