今日、仕事帰り、某所でふと手にとった広報誌を見てびっくりしました。
いつもフラフラとチャリで走ったり、サッカーやゴルフ練習してる近所の土手に、実は昔サーキットがあったと。
時は昭和11年、その名も『多摩川スピードウェイ』。はい、そのまんまです。
一周、1.2キロ、コース幅20m、観客収容数3万人の堂々たるサーキット、モータースポーツの聖地だった。
いや、全然知らなかった。あの石段はグランドスタンド観客席の跡だったなんて。
さらに驚いた事に、このサーキットでの記念すべき第一回目のレースで、某メーカーの創設者である本田宗一郎氏がフォードエンジン改の浜松号で兄弟で出走。そのスピードは驚異の的になったが、コーナーでスピンし、
鳥になっていた!(汗)
でも今回、このファンキーなおやっさんは、脇役です。
戦前から戦後にかけて、トヨタ、日産を凌駕する技術をもっていたメーカーがあった、その名も、
『高速機関工業』
いや、渋い名前じゃないですか~。モータースポーツ好きなのに、今日までまったく知らなかった。
さらに、渋いのは名前だけではないんです。
つづきは、また気まぐれに
iPhoneからの投稿
いつもフラフラとチャリで走ったり、サッカーやゴルフ練習してる近所の土手に、実は昔サーキットがあったと。
時は昭和11年、その名も『多摩川スピードウェイ』。はい、そのまんまです。
一周、1.2キロ、コース幅20m、観客収容数3万人の堂々たるサーキット、モータースポーツの聖地だった。
いや、全然知らなかった。あの石段はグランドスタンド観客席の跡だったなんて。
さらに驚いた事に、このサーキットでの記念すべき第一回目のレースで、某メーカーの創設者である本田宗一郎氏がフォードエンジン改の浜松号で兄弟で出走。そのスピードは驚異の的になったが、コーナーでスピンし、
鳥になっていた!(汗)
でも今回、このファンキーなおやっさんは、脇役です。
戦前から戦後にかけて、トヨタ、日産を凌駕する技術をもっていたメーカーがあった、その名も、
『高速機関工業』
いや、渋い名前じゃないですか~。モータースポーツ好きなのに、今日までまったく知らなかった。
さらに、渋いのは名前だけではないんです。
つづきは、また気まぐれに
iPhoneからの投稿









