父の自死については書いたように首を吊ったんだけど。父の母、私の祖母の、自死について書きます。
祖母は記憶に余りないのだけど、幼い頃耳かきしてくれた記憶と葬儀の事位しか思い出せない。
私が4才位だったか、入院してた病院を抜け出して電車に飛び込んだのだ。
母は、車から絶対出るな待ってろ、と言い残し私と妹は車で待っていた。
しばらくしてお父さんが、「○○子、最後にお袋に会ってやってくれ。」と車まで呼びにきた。妹は「お母さんが、行っちゃ駄目!って言ったから行かない。」と言った。
私はお父さんの顔を見て、「わかった。」といって付いていった。
祖母の骨はバラバラで、ラムネのように色が少しあってその骨を骨壷に拾ったことを覚えている。
63歳だった
心臓の病気で入院していたが、死ぬほどの病状ではなかったらしい。やはり、うちの母は「弱い人だねー。」と軽く言っていた。
家でひっそり、首を吊るのは、迷惑かけないけど、人身は人に、迷惑かける。死に様も良くない。
今思うに、
お父さんって、寂しかったんだろうな。
お袋の所に行きたい。
行きたいという気持ちが、ずっとあったと、思う。
お父さんが鬱でアル中の時。ある朝、お袋が、死んだのが63なのに、60でお袋が死んだがら俺も60だ。Xデーが近い、と部屋まで来て言ってきたことがある。
あら?勘違いしてる。でも、気づくと面倒臭いから黙っておこう、と思いながら聞いていた。実際、73で、首吊ったから13年も寿命を伸ばしたことになる。
お袋が、死んだから自分も、とは逃れられぬカルマかよ。
昨夜、○○子を殺して、妹を殺して、アイツ(お母さん)も殺して、自分も死のうと思ったんだ。とお父さんに言われ、なんて目覚めが悪い朝なのか!とお父さんの手に目をやると、コタツのコードが、握りしめていた。黒と赤のめでたい感じのやつだ。
実際お父さんが首を吊った時使用したのは黒と黄色のローブだった。因みに。
私は自転車で、ホームセンターに行き、部屋の中から鍵をしっかり閉じれるよう、南京錠を購入した。妹には言わなかったが・・・。
ま、とにかく、無理心中は親のエゴだ。
死ぬ時はひとりで、逝くものだ。
ひとりで逝ったお父さんを責める気にはならない。
親になるって大変だ。親だって、親から生まれた子どもだからだ。お袋に甘えたい。愚痴を子どもに聞いてもらいたい。
泣きたいのだ。男も女も関係ない。
生きて死んでゆく。最期、なにを思うのか。
とりあえず、頑張ろ!
金のない年寄りはクソの役にも立たないからな。