14歳で運動クラブの練習で痛めた腰椎、17歳になる前日彼女を誕生会に誘いに行って事故に遭い、脳挫傷で 2カ月間重体になり、慰謝料で両親がパン屋を始め商売に失敗しました。
この頃の肉体的ダメージは今も私を悩ませています。
経験は色々な栄養になり、今の私を支えていますがこんな体験を他人はラッキーと呼んでくれるでしょうかね?…少なくとも自分自身は今のところ平坦でなく面白い人生を歩まさせていただいてると思ってます。
両親が商売に失敗した後は登山リュックに自分の財産を詰め込んで家を出ました。
大学の友人を頼って一泊とめてもらい、大阪吹田の淡路に四畳半一間のアパートを見つけて移り住みました。初めて独立した瞬間で、別れた家族の心配をよそに不思議な喜びがあったのは事実です
。
友人がアルバイトしているディスコの仕事はあったしもう一年で卒業でしたから不安は少なかったと思います。
おまけにその仕事中にウエイターの私に泣いて「アタシお家に帰らない!」と言って縋ってきた女性がいて四畳半で同棲することに…
1人目の彼女はバレーボール部の先輩の妹で美人で好きだったがまだ女性に興味が持てないでいる子供の自分が其処には居た。
2人目は初キッス初タッチの私には二度とない美女、前出の誕生会の彼女です。
3人目はまた同じ高校の3歳年下で、事故のショック覚めやらぬ私に大変勇気を与えてくれた。小さな色白美人でした。
こんな具合に人生美人は向こうからやってくるのだ、と自惚れることなく思ってた。
私が就職してすれ違いの増えた彼女はアパートを出て行ってしまいました。
美人じゃないが男には美味なタイプでした。
有馬温泉に住込みで働いていた両親は近くにアパートを借りていました。