【シム・チャンミン】
僕の勤めるソウルの商社は時代遅れというか何というか、「飲みニケーション」がまだ重要視されている。
それでも、人と触れ合うことが苦手な僕にとっては、人との「コミュニケーション」よりは酒が入った「飲みニケーション」の方がまだ気が楽かもしれない。
ちなみに酒は強い。
酒さえ飲んで、喋り掛けてきた人にも適当に相槌打っていれば、とりあえず一次会は終わるのでそこで消えることにしている。
「なぁ、この部署のみんなって結構飲む?」
トイレで用を足していると、すぐ隣からチョン係長の声がした。
4月からうちの部署にきたチョン係長は僕より二つ上の37歳。
僕と違って社交的な人で、すでにうちの部署に馴染んでる。
誰とも気安くしゃべってはアハアハ笑ってる感じの人だ。
そんな雰囲気とは違って、外見はモデルのようだ。
小さい頭に広い肩、長い長い手足に綺麗な顔。
身長も180オーバーで僕よりちょっと小さいかなぐらい。
で、さらにすごく有能な人だ。
まぁ、完璧と言えなくもない。
なのに。
彼はなんか色々やらかすらしく、今回も北米支社からうちに戻されての係長だ。
ちなみに俺はシステム畑でずっとやっていて、もういい歳なのに社交性がなさすぎと判断されて主任止まり。
いや、ずっと主任がいい。
願わくば永遠に主任でいさせてください。
叶わないならヒラに戻ったっていい・・・。
「・・・なぁ」
「・・・なぁって!」
「あ、あぁ、すみません。僕に聞いてます?」
「・・・シム以外の誰がいるんだよ、このトイレに」
僕の性格と違いすぎて何だか気後れがするから、チョン係長のことははっきり言って苦手だ。
巻き込まれないように一定の距離を置いて、触れ合わないようにしていた。
だからまさか、こんなトイレで、しかも用を足している最中に、ピンポイントで僕に声を掛けてくるとは思わなかった。
「あぁそうですね。・・・え、で、なんでしたっけ?」
「・・・だから、部署のみんなって結構飲むかって話」
綺麗な顔の眉をわずかにひそめて繰り返した。
ちょっとイラっとした感じで。
「・・・まあ普通ですかね。飲む人は飲むし、飲めない人は適当にうまく流してますよ」
「・・・シムは飲むのか?」
「弱くはない、ぐらいですかね」
「・・・そう言うやつって、強いよな」
ボソッと呟くと一人で納得しながらなんか頷いてる。
二人でほぼ同時にチャックを上げて洗面台に移動しながら、それを知ってどうすんだろと僕は思った。
「あのさ、お願いがあんだけど」
「なんです?」
「・・・」
「・・・」
ハンドドライヤーの音が止むまで係長は何も言わない。
長い指をコネコネして乾かしている。
まどろっこしい。
歩きながら話せばいいかと、乾かし終わった僕は先に廊下に出ようとする。
すると、係長は僕の腕を慌てて掴んできた。
「待てよ。お願いがある、って言ったじゃん」
また綺麗な顔の眉をひそめる。
ちょっと拗ねたみたいだ。
「さっきの報告書なら課長に出しておきましたけど」
「・・・違うよ」
「・・・なんです?」
「・・・今日、歓迎会じゃん」
「あぁ、はい、あなた方異動組みの歓迎会ですね」
「うん。だからきっとみんな飲むじゃん。俺も飲まされんじゃん。そうすると俺、潰れんじゃん」
「・・・そ、うなんですか?・・・知りませんけど」
「・・・潰れんだよ、俺」
「・・・はぁ。・・・飲めない体質なんですね」
「の、飲めないんじゃない。ビール、小っちゃいグラス2杯はだいじょぶ」
かぶせ気味に主張し、小首をかしげて目の横で指を2本立ててくる。
ギャルのやる「ピース」みたいに。
「・・・はぁ・・・グラス・・・2杯・・・それも、小っちゃいやつ・・・」
「うん・・・ただな、2杯超えるとちょっと分かんなくなる」
自分で自分の下唇をフニフニ触りながら、なぜか困ったように言う。
話しの先が読めなさすぎて、僕はまとめに入る。
「え、で、僕へのお願いというのは何です?」
バサって音がしそうなぐらい長いまつ毛を伏せて、ちょっと赤くなりながら係長は僕に言ってきた。
そのお願いってやつを。
「シムに、俺のエスコートしてほしい」
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