雑念に苛まれながらも頑張った計画のおかげで、一人旅は順調そのもの。

 

ここのローカル線ならではの野趣味溢れる車窓に、尻の痛みも気にならない。

 

一つの峠を越えるとガラッと違う風景になったり、乗り換え時間240分ある駅で足湯してみたり、道の駅行ったり。

 

良い旅の企画をしたもんだ、さすが僕。

 

いよいよ明日は帰宅という前日の夕暮れ時。

今回の旅のハイライトとも言える。

 

夕陽が海に沈む様子がどうしても見たくて日没時間に合わせてこの時間帯にした。

しかも天候も素晴らしい。

 

僕は期待に胸を踊らせながら(もちろん、しっかり表情筋は管理していた)、ビュートレインへの乗車を待った。

 

ホームに滑り込んでくるビュートレインは、いつも乗ってる鈍行とは様相が違う。

黒光りした外見で、内装も赤いビロード張りの椅子。

うん、良い感じだ。

旅行シーズンではないせいか、こんなに素敵な列車なのに、乗り込む客は数えるぐらいしかいない。

車内の写真を撮ったりしながら、例のチョンさんから買った「8ーD」を探す。

 

あった、あった。

あった・・・。

 

って・・・・・山側じゃん・・・・・!!

 

「8ーD」はどう見ても山側の窓側席だった。

 

あんなにわざわざチョンさんに触れ合って、取った席が・・・・山側。

 

全身脱力、目眩までしてくる。

どうしてくれよう、この旅のハイライトを・・・。

通路でくず折れそうな僕。

 

「あーっ、すいませんっ!!待って!待ってください!」

 

車両のドアが勢いよく開いて、長身の男性が僕のところに駆けてきた。

 

え、誰?何?

 

男性は僕の横で膝に手を置き、息を整えている。

 

「あの、あの、すいませんっ!俺、間違った席を販売してしまって・・・!海側こっちです」

 

彼の持つ手には「8ーA」のチケットがある。

 

「は・・・??」

 

「あの、みどりの窓口の・・・チョンです。いつも買ってくださってますよね?」

 

「え?え??何ですか?何でここにあなたが?」

 

「あの、ですから、俺が売り間違えたんです・・・俺、海側と山側を間違えてしまって」

 

 

キュルンとした黒目がちの目で僕を怯えたように見て、すいませんでした!と頭を下げる。

 

いつもの制服とは違う、シャツにジーンズ。

何よりいつもはきちんとセットされた髪の毛が、今日は良く言えばナチュラル、ありていに言えば起きたままのサラッサラな状態。

 

いつもと雰囲気が違いすぎて、面食らってたけど、確かにチョンさんだわ。

 

チョンさんは僕の手を取って、「8ーA」のチケットを握らせようとする。

 

って、本当に綺麗な指だな。

走って来たせいか、少し温かくて指の先がほんのり紅くて余計エロい。

 

「あ、あの??」

 

手をガン見しているだけの僕に戸惑ってチョンさんはオタオタしている。

 

「ああ、すいません・・・。ありがとう・・・ございます。・・・え、で、この僕の「8ーD」はどうしたらいいんですか?」

 

「あ、じゃ、じゃあそっちは俺が・・・」

 

照れながら手を伸ばしてくるから、交換した。

 

交換。

交換?

 

つまり、売り間違えに気づいたチョンさんは自費で新たに海側の座席を買って、それを僕にくれたってことなんだろうか?

しかもわざわざここまで来て手渡し?

今日平日だけど有給取ったの?

で、わざわざ一緒の電車に乗って行くわけ?

 

走り出したビュートレイン。

 

集中すべきは車窓なのだけど、色々この状況が気になってしかたがない。

チョンさんと僕の関係は、切符の交換で一応終了した、と思っていいんだろうけど。

 

横目でチラチラチョンさんの様子をうかがうと、チョンさんは窓を少しだけ開けて、入り込む風を受けて気持ち良さそうにしている。

 

フリーダムな少し長めの前髪をなびかせて。

そう、そしてその髪の毛を掻き上げる手のしぐさ・・・美しすぎるっ。

 

って、そうじゃない。

 

もうすぐ先には絶景ポイントがあるんだ。

 

集中すべきはチョンさんじゃない。

チョンさんの手なんかじゃない。

 

念力でスプーンを曲げられるんじゃないかってぐらいの集中力をもってして、僕は意識を窓越しに過ぎゆく青葉と電線、そして時折のぞく海岸線に向けようと努力する。

 

 

平日午後17時過ぎのビュートレイン。

僕のいる車両には、「8ーA」の僕と、「8ーD」のチョンさん以外誰もいない。

 

気になる。

 

通路を挟んでいるとはいえ、とても気になる。

 

向こうもこっちを見ないようにしているような雰囲気が伝わってくる。

 

そうこうしているうちに、列車は海沿いの線路を走りはじめ、夕陽に輝く海の上を走っているような気分にすらなった。

あらゆる媒体で取り上げられて知っている風景ではあったけど、実際にそれを自分の目で見て、身を置くのは異次元の素晴らしさだ。

 

最高だ。

来てよかった。

この席をゲットできてよかった。

 

やはり気になってチョンさんを見ると、僕越しにキラキラお目目で夕陽に照らされた島々を見てる。

赤紫色の夕陽を浴びて、お口をぽかんとしながら。

 

でも。

でも。

でも。

 

座席からは動かない。

 

え、がら空きなんだから自由に動いても良いと思うけど?

まさか責任感じてずっとそこに座るつもり・・・?

 

次の瞬間、頭より先に口が動いていた。

 

「あの・・・こっちからの眺め最高なんで・・・こっち来たらどうですか?」

 

チョンさんは、「パァ~~~」という効果音がつきそうな笑顔を浮かべると

 

「はいっ!!!」

 

と言って・・・僕の向かい側の座席に座った。

 

そして窓枠に頬杖をついて、窓ガラスに顔がくっつきそうになりながら外を見てる。

お互い長身の僕らの脚はもう触れ合っているような状態で。

 

でも、不思議だ。

 

なんだか嫌じゃない。

 

 

いろいろチョンさんには聞きたいことばかりだけど、まずは夕陽を眺めて落ち着いてからにしよう。

 

 

 

THE END

 

 

 

 

 

 

 

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