大型連休も後半。
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最近、日本酒が美味しいと思う年齢になった
外呑みでもいただくが、家呑みも安くて面白い。
ご近所さんの酒屋さんで、珍しい日本酒がたくさん置いてあるのを発見。
向かって右側が青森県産の『ねぶた』
口に含むとほんのり甘い香りが広がる。
色はやや黄味ががった黄金色。
旨い⭐️⭐️⭐️
向かって左側が秋田県産の『白神山地の四季』
ものすごく呑みやすい。
口に含むと微かに酒粕のいい香り。
無色透明。
どんな料理にも合うが、味の濃い料理だと味が負けてしまいそう
旨い⭐️⭐️
今年の冬は日本酒にハマりそう🍶
ここ最近は、私ごとでバッタバッタと目の回る忙しさで相棒に乗れていませんでしたが、ほんとにひっさびっさの自転車。
桜の季節ですが、花粉症😭
マスクに花粉対策グラサンで出動❗️
世界遺産のある仁徳天皇陵古墳の側にある、大仙公園。
お昼ご飯は堺東にあるかつ丼の名店❗️
並盛りに玉子追加❗️
もう鉄板に旨い😋
わずか数時間でしたが、自転車の愉しさを再確認した1日でした❗️
いよいよ、新年スタート!
自転車パーツも何か新しいモノを投入しよう!ってことで、以前ブロ友さんが紹介されて気になっていた、プーリーを交換しましょう
DURA-ACEのプーリーです。
元々装備されていた105のプーリーでも全く問題無かったんですが、DURAのプーリーにはシールドベアリングがあります。
そう、滑らかな走りが実感できる!はず。
下の茶色の部分がシールドベアリングですな
との期待を込めて、交換作業(*^^*)
DURAのプーリーには表裏の向きがあります。
刃の部分が左右均等じゃなく、これがチェーンの移動を滑らかにするらしい。
やはりプーリーの向きを逆に取り付けてました^^;
なんやかんやで、無事に換装終了。
これで、スプロケ1枚分は軽くなったハズ!
さすが、DURA ACE!
(完全なプラシボー効果ですが…)
今年もボチボチと頑張りますので、よろしくお願いします(*^^*)
1週間に平均10~15km。
月平均で約50km前後。
自宅近所の古墳周りをきっかり2週。
約2ヶ月間、地道に走ってこれたのは、Stravaのおかげ。
もともとの貧脚だったおかげ?で、
9月1日の時点で5キロ走るのにかかったTimeが43分34秒。
11月7日には、32分32秒まで短縮!
約2ヶ月間、地道に走ってこれたのは、Stravaのおかげ。
もともとの貧脚だったおかげ?で、
9月1日の時点で5キロ走るのにかかったTimeが43分34秒。
11月7日には、32分32秒まで短縮!
約11分短縮できた計算に(*^^*)
1㎞ペースでも、7分43秒→6分29秒と、約1分強の短縮。
但し、マフェトン理論により、心拍数は130前後に抑えたまま走ること。
但し、マフェトン理論により、心拍数は130前後に抑えたまま走ること。
これが重要!
このジョグの大局な目的は、あくまで心臓ポンプの酸素供給能力のUp!なのだ。
でも、ただ走るより、やっぱ結果が見えると楽しい~( ̄▽ ̄)
年内目標は心拍数130平均で、1㎞ペース6分台前半。
後は、自転車での峠登攀で効果がどう出るかが楽しみです(^^)
年内目標は心拍数130平均で、1㎞ペース6分台前半。
後は、自転車での峠登攀で効果がどう出るかが楽しみです(^^)
今回は少し、大阪古地図ネタを。
大阪城に入るにはいくつかのルートがあって、その中の一つに大阪城の北西から入る「京橋口」がある。
大阪城ポタの際、この「京橋口」から入ったのだが、ふと違和感が。
参考までに、著作権の切れた古地図をば。
京橋ってもっと東だったような?
むしろ、この「京橋口」に一番近いのは天満橋になる。
天満橋は江戸時代から大阪経済の中心地であり、新興の地名ではない。
だったら「天満橋口」というのがしっくりとくる。
実際、大阪環状線の京橋駅や、京阪線の京橋駅は大阪城の北西、つまり「左上」に位置しているのだが、大阪城の「京橋口」は北東、つまり「右上」にある。
かつての「京橋」はその名が消滅し、大阪城の「京橋口」としてだけ、その名残を留めることに。
少しだけ大阪の歴史に触れた気がした(*^^*)
大阪城に入るにはいくつかのルートがあって、その中の一つに大阪城の北西から入る「京橋口」がある。
大阪城ポタの際、この「京橋口」から入ったのだが、ふと違和感が。
参考までに、著作権の切れた古地図をば。
京橋ってもっと東だったような?
むしろ、この「京橋口」に一番近いのは天満橋になる。
天満橋は江戸時代から大阪経済の中心地であり、新興の地名ではない。
だったら「天満橋口」というのがしっくりとくる。
実際、大阪環状線の京橋駅や、京阪線の京橋駅は大阪城の北西、つまり「左上」に位置しているのだが、大阪城の「京橋口」は北東、つまり「右上」にある。
大阪城を挟んで反対の方向にあるのだ。
かなりのズレがある^^;
で、「京橋口」付近を拡大すると、すぐ北にある寝屋川(大川)にかかる橋に「京橋」の文字が。
何のことはなかった。
やはりこの辺りはかつて京橋だったのだ。
Wikiで調べてみると。。
江戸時代にあった京橋は、東海道五十七次の終点であり、大阪の玄関口として、また大阪-京都間の京街道の始点として大いに栄えたらしい。
しかし享保の大火(1724)でこの辺一帯が焼け野原となったのがきっかけとなり、京橋の町名は消滅していくことになる。
だから、「京橋口」なのか!
この古地図で見ると、かつての京橋1丁目はちょうど現在の天満橋駅周辺にあたる。
そして現在の「京橋駅」辺りはかつての蒲生村、新喜多新田と呼ばれた地名にあたる。
かなりのズレがある^^;
で、「京橋口」付近を拡大すると、すぐ北にある寝屋川(大川)にかかる橋に「京橋」の文字が。
何のことはなかった。
やはりこの辺りはかつて京橋だったのだ。
Wikiで調べてみると。。
江戸時代にあった京橋は、東海道五十七次の終点であり、大阪の玄関口として、また大阪-京都間の京街道の始点として大いに栄えたらしい。
しかし享保の大火(1724)でこの辺一帯が焼け野原となったのがきっかけとなり、京橋の町名は消滅していくことになる。
だから、「京橋口」なのか!
この古地図で見ると、かつての京橋1丁目はちょうど現在の天満橋駅周辺にあたる。
そして現在の「京橋駅」辺りはかつての蒲生村、新喜多新田と呼ばれた地名にあたる。
結論。
今の京橋と、昔の京橋は全く場所が違うのだ。
かつての「京橋」はその名が消滅し、大阪城の「京橋口」としてだけ、その名残を留めることに。
少しだけ大阪の歴史に触れた気がした(*^^*)
大阪城。
大阪人なら、当たり前過ぎて、普段通り過ぎたりしてしまう場所だけど、カメラのファインダーを通して見ると少し違う感じになる。
のんびりとロケーションを考えながら自転車を押して歩いてみる。
今日は用事で大阪市内へ。
天気が良いので自転車で(*^^*)
天満橋へふらり。
実は、今読んでいる本、朝井まかて氏の『すかたん』の舞台が天満橋。
ここは江戸時代の大阪商人の中心地でした。
江戸時代、この川沿いの眺めは全て天満青物問屋がズラリと並んでいたらしい。
江戸時代の大阪には日本中のお金の7割が集まったという。
まさに、物流の中心。
と、ここであるブツを(^^)
Canon G7X
絞り値を変えることでボカすことが出来る!
焦点を前に合わせてみました。
今回もブログを最後まで読んで下さって有難うございました~
(^-^)
2015の2月頃に、カンパのシャマル・ウルトラを買って半年以上、何もせずそのまま走ってましたが、やっとグリスアップをすることにしました。
思ったより順調に完了です。
『外すの、めっちゃ固いで~』
なんて聞いていたので、ビビりながら正ネジ方向にレンチを回しましたが、カキッという音と共に、意外と呆気なく外れました^^;
出た!
心臓部、セラミックベアリング!
ウルトラ・スムース・ベアリングの略。
ベアリング球の素材だけセラミックス。
グリスが無い分回転抵抗が低く、恐ろしいほど良く回る、らしい( ̄▽ ̄)
外した部品をキレイに洗浄します。
ここでハプニング!
洗浄したベアリングが一つ、手元を誤り、コロコロと部屋の中を転がっていく~( ̄◇ ̄;)
焦りました…
家探しです…
家具の下、テーブルの下、血眼で探します…
こんなに遠くまで転がったかな?
いや、もっと近かった?
いや、もしかしたら?
何故か、ついでに大掃除になってしまい…
綺麗に掃除し終えた頃に、意外に近くに見つかりました
ε-(´∀`; )ホッ
たっぷりグリスを塗って、元通りにはめていきます。
思ったより順調に完了です。
一度経験すると、次からはだいぶ楽になるかな。
とりあえず、グリスアップ完了ってことで。
今回はジテオさんをお誘いして、東吉野方面へ。
ライドの目的は2つ。
一つ目は、きのこ料理専門店、『きのこの館』
二つ目は、天誅組終焉の地を感じる。
雲行きは怪しいが、雨は大丈夫そうな中、まずは金剛トンネル越えから、ヤムヤムで朝食。
外カリッ、中トロッのカレーパンは、なかなかやってくれます( ̄▽ ̄)
腹ごしらえ完了!
そして、ヤムヤムから吉野へ。
川の色は前回の大雨上がりと全然違います。
こういう景色の中を、山の空気を感じながら走る瞬間が、ロードバイクに乗ってて良かったと思う。
体の中の空気が全て吉野の空気に入れ替わる。
そして、東吉野へ。
ここは維新の嵐の導火線となった天誅組が最期の刻を迎えた場所。
尊王攘夷を掲げ、長州藩の後ろ盾により挙兵した天誅組。
その後、朝廷において後ろ盾の長州藩の失脚により一転、天誅組は彦根藩、紀州藩などに次第に追い詰められていく。
幕末期の家屋が現存する東吉野の鷲家口。
下の写真の奥に天誅組総裁、吉村寅太郎が眠る。
享年27歳。
辞世の句は、
『吉野山
風に乱るる もみじ葉は
我が打つ太刀の 血煙と見よ』
で、お目当ての昼ごはん!
鷲家口にあるきのこの館へ。
きのこごはん定食~( ^ω^ )
帰り道、吉野まで下りたところで、ジテオさんが、とある建造物に反応!
なんだ?これは…
上に上がると↓




























































