チョロ松のブログ
会社の帰りにいつも行きつけのワインショップへ足を運んだ。
Archeがいつものように、What is your price range today?と訊いてくる。
今日はテーブルワイン用に安いのを、と思っていたので、
「$15くらい」と伝えると。「OK」と言って方向転換して、カリフォルニアのワインラックへ向かった。

これは、僕たちにとっては至って普通のやりとりである。
そして、今日はどうやらカリフォルニアのワインをオススメしてくれるようだ。

Acheはワイン好きのイタリア人。年は、60歳近いだろうか。
イタリアなまりなので英語は聞き取りにくいが、陽気なイタリア人のおじさんだ。
ワインの話になるといつもニコニコするので、ついその店に行ってしまう。

今日のワインは、2007 PASO CREEK ZINFANDELだそうだ。

段々と気温もあがってきたので、Pinot Noirとか、
フルーティーなものを少し冷やして飲みたかったので、Zinfadelは◎

今日のワインはこれで決まり。

Archeは「レシートはなくすなよ」と一言言うと、店の奥に帰っていった。
ワインの感想をブログに綴れば忘れないし、記録に残るのでレシートは捨てようっと。

冷やして飲むと、下に残る甘さも減ってこの焼けたベリーの風味が堪らない。
今日は、Trader Giotto'sのCrumbly Gonzonsolaとドライトマトをクラッカーにのせて頂きました。

ワインは、値段の割に美味しい。
タンニンの渋味はあまり感じ無いが、酸味もボリュームもそこそこあって、
飲みやすい。これは冷やしても結構甘みがあるので、常温よりもチルドしたものの方がよいかもしれない。

窓の隙間から、そよ風が入り込んで、部屋を少し涼しくしてくれる。
少しほろ酔いになって、身体が暖まってくるとTシャツ、ジーンズでも調度良い温度になる。

夏が待ち遠しい。



今年でアメリカ何年目になるのだろう。
日本の高校卒業してこちらにきてからだから、
数えてみると今年で9年目になる。

ワシントン州からカリフォルニアへ行き、
気づいてみれば今は東海岸で務めている。
渡米を決めたときにこんな人生を考えてみただろうか・・・
想像すらできなかった。
人生、先が予想できないからこそ面白い。
知らないから学べるし、興味が沸くのと同じだ。

さて、今日のテーマは「学びのすゝめ」


アメリカに来てから今まで、本当に色々な人と出会ってきた。
ヨーロッパの、韓国、中国の友人もいれば、中東アジアの友人まで様々。
アメリカにいると、色々な文化、価値観を持った人と出会えるのが魅力的だ。
そして、相手の文化を知ることにより自国に文化を客観視することもできる。

アメリカにきたから、気がつけた世界に誇れる日本のよさを見ることができたし、
そしてまた、アメリカから学ぶことも多くあった。

金子みすゞの「小鳥と鈴と私」の詩にあるように、
「みんな違ってみんないい」という概念でものごとを捉えると可能性が広がるのだ。

日本は全然ダメで、アメリカには好感があるようではいけないし、
だからといって、内向きで日本ばかり見ていても成長は見込めないので、
相手のことを知ることが大切である。

では日本人としてアメリカ人のどの部分を知る必要があるか。

色々あるが、ひとつは彼らの「楽観性」だろう。

アメリカは物事をとてもポジティブに捉える。
素直な気持ちを素直に伝える文化、おおらかさは彼らの代表的なよさだ。
個人主義というのこともあるが、彼らは自分をオープンにして相手と接する。
家族の話もするし趣味の話もする。時には、「それ言って大丈夫?」
というようなトピックまで会話に出てくるが・・・それもよしだ。
彼らは性善説的な考え方をするので、私も含め日本人は彼らの考え方を
参考してもよいのではないかと思う。

「大雑把だが、ロジカル」という点もそうだ。

Apple, Amazon, Facebook, Google、Microsoft等々
世界のトップ企業で、一般的にクリエイティブとされる企業はアメリカに多い。
そのような企業がでるのは、大雑把というか、リスクに固執しない自由な発想が
そうさせているように感じる。日本人からしていれば大雑把すぎるのかもしれないが、
大枠がキチンと機能していれば細かいとことはよしとするというのがアメリカの思考パターン。
英語が極めてロジカルな言語であるのも手伝い、そのロジカル思考を使って、
細部はシステムを作って管理をし、全体をマネージする。
一見、的を得ていないような回答でも、至って効率的で合理的な場合が多いのだ。


アメリカのことばかり話ているが、日本だっていいところは沢山ある。


サービス業なんかはどうだろう。細やかな心配り、思いやりのある言葉遣いと言い方。
欧米文化では真似できない日本の手厚いサービスは世界的に評価されている。
飛行機の座席ではないがファーストクラス、エコノミーのように、
外国でのサービスにおいては種類によって、ランク付けをして、
サービス料上乗せすることだってできるくらい素晴らしいものだ、
と、私は日本人として自画自賛している。

日本人は、受身の立場で物事を考えられるからこそ、世界一のサービスが提供できる。
業務の受け渡しにおいても、相手を気遣った対応をしてくれるので、
受ける方にとってはとてもありがたい。こんなにも気を回す人種は他にいないだろう。


アメリカと日本は対局に位置する文化のように感じる。だからこそ、両方知れば鬼に金棒かも知れない訳だ。
仮に表裏の関係でなくても、自分たち以外の相手を知ることは今後の我々ひとりひとりの成長にとって、
とても重要。


相手を理解する努力をし、自分で考え、自分の言葉でアウトプットする。
自分の言葉で伝えることの大切さは今後、ボディーブローのように効いてきて、
意識的にしている人、していない人とではその差は将来大きな差となって現れるだろう。

いままで食べてきたものだけを今後食べ続けるのは簡単だ。

食べたことのないものを口に入れるのは勇気がいるが、
その勇気の代償として、「美味しい」という感動、結果が得られるのではないか。

日々学ぶこと、とアウトプットの継続が知識、経験、今後の糧となるのではないか。

と、僕は思う。
起業というハードルは巷では大きな壁と言われるが、私はコピペでも充分起業はできると思っている。

インターネットの発達により何でもウエブで検索できる時代。欲しい情報の9割はウエブ上に転がっているので、クリックひとつで検索ができる。要はオープンブックでのテストのようなものなので、一般的な回答例はすでに手元にあり、後はその設問に応用すればよいだけなのだ。そう、コピペの発想でことが済むのだ。

昔は検索という概念はなく、情報収集のために市立図書館へ行って調べないといけなかった。知識というのは、頭の中に入っている内容がそうであって、それがアウトプットに使える知的リソースであったが、今は、外付けメモリーのように仮に知らない情報でも、数十分でその情報が手に入り、自分の知識の一部のように使うことができるので知的リソースの蓄えが昔程要らなくなった。

それでは何が昔と比べ重要になったのか?

必要とされるようになったのは、知識そのものよりも、その組み合わせを多く持つこと。要は、検索する方法と調べた知識の使い方だ。コピペの仕方だ。

中国は現在、各国の真似をすると一部では批判されるが、個人業での「真似」については学びである。何も一番にならないと会社を運営できないかというとそうも思わない。人がやったから、今からじゃ遅いとも思わない。

某オンラインモールで個人輸入している人の中には、毎月数百万かせいでいる人はざらにいるが、彼らは転売業をしているだげなのだ。その個人サイトの数は万とあるが、価値は言わば、取り扱ってる商品のセレクションのみだ。それでもそれなりの売り上げをあげることができるのは、やろうと決める、その決断以外に要素がないのだ。あとは、コピペだ。

グルーポンを例に出してもそうだ。割引クーポンサイトは、今は、半額東京、ピク、FooMoo,Qpon, イマナラ・・こんなにある。みんなGrouponの真似であるが、彼らはかなりの儲けを出しているだろう。名前が定着し、顧客がついたら、あとはGrouponに買収すれば御の字。

これらの企業が、日本で一番流行る割引クーポンサイトにしようと思っているのであれば、難しいだろう。屋号も含めて売却して、売却額分をGrouponの株式でもらう方がよいだろう。

というように、少し話が大分資産運用の方へ反れたが、コピペ、真似を批判するのでなく、学びと捉えて、色々なことに大いにコピペして欲しいものです。コピペの積み重ねが知識になると思います。真似することは善である。

そう僕は思う。