長いお話になりますがどうかお付き合いください。
世界一のばぁちゃん
ずっとずっと大好きだよ。
私は少し遅めの孫だった。
祖母が父を産んだのが遅かった。
69歳の時に私は生まれた。
覚えてはないけど母が仕事復帰してからは
祖母が日中お世話をしてくれていたそうだ。
「華ちゃん」
祖母の声はいつも優しく心地よい
私の祖母は昔美容師をしていた。
手が大きく手先が器用だった。
料理が好きでいろんなものを作ってくれた。
一番好きだったのは…おからだ。
祖母のおからは他で食べたものとは違い
ふわふわしている。
秘密があるらしい…
「ばぁちゃん膝ぼん痛いよぉ〜」
子どもの頃成長痛で足が痛いと
決まって祖母が撫でてくれた。
祖母の手は魔法のように痛みを取ってしまう。
大きな手で私が痛くなくなるまで
ずっと撫でてくれる。
いつも気がつけば痛く無くなっている。
「華なぁーお母ちゃんによしよししてもらっても
痛いの治らへんのにばぁちゃんがよしよししたらすぐ痛くなくなるねん!なんでやろ?ばぁちゃんは魔法使いや!」
こんなこと言うと決まって祖母は言う。
「お母ちゃんは華ちゃんにご飯作ってくれるしお仕事もしてくれるし華ちゃんを一生懸命大きいにしてくれるやろ?ばぁちゃんは年寄りやさかい華ちゃんのためにしてあげれること少ない。そやからばぁちゃんが華ちゃんの膝ぼん痛くしてる鬼やっつけてるんやで。」
といつも微笑みながら。
小学校の四年生の時に祖母が家の近くに引っ越してきた。
祖父が亡くなったからだ。
父と母が心配だからと。
私は毎週金曜日だけ祖母の家でご飯を食べる事にした。
父と母はばぁちゃんが喜ぶならと許可してくれた。
金曜日は毎週大好きな祖母の料理。
近くのスーパーに2人で買い物に行き好きなものを買ってもらう。
ステーキや焼肉、お寿司好きなものばかり。
祖母は
「華ちゃんと食べるとばぁちゃんいつもより食べてしまうわ!華ちゃんと食べるご飯は何でこんな美味しいんやろ?」
といつも嬉しそうに言っていた。
中学校に上がると私は反抗期で少しグレた。
夜遅くまで溜まり場になってる友達のところへ入り浸るようになった。
タバコを吸ったりお酒を飲んだり。
飲み方も知らないのにお酒を飲みベロベロになってしまい初めて二日酔いになった。
酒臭いまま家に帰れない。
でも眠い。
祖母の家に行く事にした。
インターホンを押すといつもの優しい声で出迎えてくれた。
私の姿を見て
「寒いやろ!中入り。」
と笑顔で言ってくれた。
そして何も聞かずにお茶漬けと祖母の漬けている漬物を出してくれた。
お茶漬けを食べた後祖母に聞かれた。
「華ちゃん家帰ってへんのか?」
怒られると思ったがばぁちゃんには嘘がつけない。
「うん。友達と遊んでた。家帰ったらあの2人絶対怒るし絶対ムカつくこと言ってくるから。」
怒られることを覚悟していた私に祖母は言った。
「華ちゃんのお父さんも帰ってこんかったんよ。華ちゃんよりひどかったわ!!ばぁちゃん腹立ってな反省させるためになんかしたろ思ってあの子のパンツぜーんぶ隠したってん。ほんじゃあこそこそ帰ってきてお風呂入ってパンツないもんやから慌ててばぁちゃんとこきて謝ってたわ!ばぁちゃんも何でパンツ隠したんか思い出したら笑えるわ!」
と大笑いしていた。
その祖母の姿をみて私は涙が出た。
「華ちゃん。帰りにくいならばぁちゃんとこおいで。ばぁちゃん華ちゃんおってくれたら幸せや。布団も敷いたる。お風呂も入ってええ。華ちゃんの家はここにもあるんやで」と言って頭を撫でてくれた。
懐かしい祖母の大きな手。
でもどことなく昔より弱い感じがした。
私は何かあるたび祖母の家に帰った。
祖母はいつでも迎えてくれた。
私の反抗期も中3になる頃には落ち着いていた。
家にも帰れるようになっていた。
ある日父と母が喧嘩をしてる声が聞こえた。
リビング行くと母が泣いていた。
「お母さんどうしたん?」
「華。お母さん、お父さんと離婚する事になった。」
「え?何で急に?」
「お父さん浮気してたんよ。で今問いただしたら認めて開き直ってその女と生きていきますって。養育費は払うからって」
私は何も言えなかった。
父も何も言わなかった。
その日のうちに母は父を追い出した。
でも父は翌日土下座をして謝りに来た。
母は何故か父を許した。
私は許せなくて家を出た。
祖母の家では父と母にすぐ見つかる。
前まで溜まり場だった友達の家に行った。
事情を話すと泊まっていきと言われご飯も頂いた。
私はGPSなどで探されるのが嫌だったので携帯を家に置いて出た。
すると母が私のアドレス帳の友達に片っ端から電話したようで仲のいい友達からその子の携帯に電話がきた。
「華!明日9時から捜索されるらしいで!」
私はやばいと思い朝のうちに帰ろうと決めた。
でも実家に帰る自信がなかった。
だから私は祖母の家に行ってみた。
祖母は
「華ちゃん帰ってへんのか?」と聞きそれ以上何も言わずに家に入れてくれた。
そして祖母の家で眠っていた。
祖母は私の隣に座ってずっと頭を撫でていてくれたようだった。
目覚めた時にはもう当たりは暗かった。
祖母に
「お母さんにここにおるって電話して欲しい」
と祖母に頼むと祖母は
「わかった」
といい母に電話した。
「華ちゃんうちにきてるよ。華ちゃんいっぱいいっぱいやから怒らんといてあげてくれへんか?抱きしめてあげてくれへんか?ばぁちゃんじゃ華ちゃんあかんねや。」
と母に言っていた。
母は泣き腫らした目で祖母の家に来た。
「華」
といい抱きしめてくれた。
母はそれ以上何も言わなかった。
話し合いをして母が許したならと父を許す事になった。
高校生になってからは祖母とは週一回家族で外食するようになった。
高校を卒業したと共に私は彼氏と同棲する事になった。
実家から離れた地区で暮らす事になった。
同棲して一年が経った時母から電話で
「ばぁちゃん特養に入る事になったねん」
と聞かされた。
理由を聞くと母は…
「住んでるアパートが後5年で取り壊しになるねんけどないらん家具も置いたままでいいし引越し費用も補助金出してくれるらしくてもうばぁちゃんもええ歳やしなええかなって」と…
確かに祖母はもう89歳。
一人暮らしは危ないと思った。
そして祖母は特養へ入居した。
たまに会いに行ってケーキや和菓子を一緒に食べた。
でも祖母は少しずつ認知症が酷くなっていた。
会いに行くと孫だとは認識できるが名前が出てこなくなっていた。
その度に私は
「ばぁちゃん。華やで。」
と声をかけていた。
名前を教えると昔に戻ったように微笑み
「華ちゃん立ってらんとばぁちゃんの横へ座り」と言ってくれた。
私は22歳で妊娠した。
祖母はひ孫に会えると喜び少し元気になり認知症も進行が少し遅れるようになった。
産まれた時は病院まで来て細くなった手で娘を抱いてくれた。
そして私は娘を連れ祖母のところへよく遊びに行った。
ある日祖母からなにか変な臭いがする気がした。
臭いの元を辿ると足からだった。
よく見るとかかとが膿んでいた。
母に言うと母は病院に行く手配をした。
病院に行き検査をした。
きっと床ずれだろうと誰もが思っていた。
結果は黒色メラノーマと言う癌だった。
治療法は足を切る。
家族で話し合った。
私は足を切ることは反対だった。
祖母はその時92歳だった。
麻酔をしてもし目覚めなければ?
今は痛みもないそしてもう92歳。
残り短い人生家族で楽しい思い出作ってあげたい。
そんな気持ちだったから。
家族もその意見に賛成し手術は受けない事になった。
そして2020年。
新型コロナウイルスの影響で面会謝絶になりデイサービスもいけなくなった。
ドア越しでの面会ができ電話を繋げて祖母に話しかける。
しかし祖母は言葉も発さない。
笑うこともしない。
父の名前すらも出てこない。
無表情になった祖母を見て…
私の判断は間違ってたのかな?と考えた。
祖母は面会してから一週間で食事も取れなくなった。
特養ではこれ以上見れないと言われ療養型の病院に入院する事になった。
入院の際の検査で肺への転移見られた。
緊急事態宣言が終わり予約制で面会できるようになった。
久しぶりに見た祖母は昔の面影なんて全く無くなっていた。
体は痩せ細り、頬もこけ、人工呼吸器で呼吸して吸引を使って喉の奥の痰を除去してもらい点滴で栄養を補給する。
私は祖母に
「ばぁちゃん。華おったらご飯いっぱい食べれるって言うたやん。華おるんやから。お願い」
と声をかけた。
すると祖母が少し目を開け私が握ってた手を弱い力で握り返してくれた。
でも私はその時わかった。
私が頑張れって言ったら祖母は頑張ると。
だから頑張れとは言わない事にした。
だって祖母は苦しそうだったから。
そして7月8日。
父と母に病院から電話がかかってきた。
「もう今晩越せないかも」と
母から電話をもらった私は祖母に会いに行こうとした。
しかし父が病院に着いた途端祖母が持ち直した。
母から電話で
「本間ばぁちゃんはすごいわ。持ち直したよ」と
娘もいてるので私はもし何かあれば連絡してと伝えた。
21時前
娘を寝かそうと布団に入った時母から電話が来た。
「華!ばぁちゃん危ない。もう無理かもしれへん。早よおいで」と
私は主人に頼み急いで病院に向かった。
病院に着いた時モニターの音が変わった。
そして涙を浮かべた父が病室から出てきた。
病室に入ると祖母は息を引き取っていた。
間に合わなかった。
最後伝えたい事たくさんあったのに。
謝りたかった。
感謝も伝えたかった。
思い出も話したかった。
なのに間に合わなかった。
私はお通夜でもお葬式でも後悔ばかりで顔を見れなかった。
そして最後の時勇気を振り絞って顔を見た。
その顔は昔の微笑んでいる祖母の顔だった。
涙が止めどなく流れた。
そして火葬場につき火葬した。
骨壷に骨を入れるため祖母の骨が出てきた時…
私は何かがお骨から飛び出るのと共にはっきりとした声で
「華ちゃんありがとう」
と聞こえた。
その声は紛れもなく祖母の声だった。
その瞬間私は後悔が全て消えた。
後で家族に話してもお骨から何も飛び出てないし声なんて聞こえてないと言われた。
でも絶対私は見たし聞いた。
きっとあれは祖母が私に残した最後のメッセージだったんだ。
火葬場から出ると降っていた雨は上がっていてすごく晴れていた。
まるで祖母が笑っているように…
いかがでしたか?
この話をすると周りからは奇妙だと言われます。
でも私は全く思いません。
だって大好きな祖母からの最後の言葉だったから。