今日は防災の日で娘の誕生日です。
この日になると毎年防災をもっと
しっかりしないと思うのですが、
変わっていません。
食料品が入れてないだけです。
水やお茶は保存していますが、
リュックには入れていません。
まだ考えが甘いです。
二つのリュックに必需品は詰めて
あると思います、最近見ていないので、
確認しないと駄目ですね。
娘の年齢の時には私は体調不良で
何とか家事はしていましたが、
毎日寝たり起きたりの日々でした。
娘はとても元気なので嬉しいです。
朝一番にお祝いメッセージを
送信しました。
一度きりの人生、悔いのないように
健康に気を付けて楽しい一年を
過ごせますようにと送信しました。
娘の誕生
8月30日に産婦人科へ入院して
母も泊まり込んでくれて、一晩中傍で
付き添ってくれました。
なかなか生まれなくて、
9月1日の朝やっと生まれました。
もう二度と子供は生まないと
思ったほど苦しかったです。
女の子が欲しかったので嬉しくて
痛みなんかいつの間にか忘れていました。
遠方に住んでいたので実家へ産前産後で
2カ月間滞在しました。
昔は1週間の入院でした、母がバスに乗って
昼食の差し入れに天ぷらやおにぎりを作り
入院中、毎日来てくれました。
そんなことを思い出しながら午前中の
家事をしました。
娘は今夜、家族で外食に出掛けました。
昼間ならば一緒に行けるけど、
時間も遅いし夜は食べれないからねと
言って又、日を改て二人で行こうと
言って置きました。
暑い一日でした。
今朝3時半頃、主人がちょっとした
ハプニングを起こし、私はそれから
7時に起きる迄眠れませんでした。
5時前にベランダへ出て水撒きを済ませ、
庭の水撒きも簡単に済ませ、新聞を
リビングのテーブルに置き、5時から
ドジャースの試合をやっていたので、
7時迄寝ながら観ていました。
主人は6時頃から起きていたようですが、
新聞さへあれば私は自室でゆっくり出来ます。
何処かへ行くのではないのだから、
もう少しゆっくり寝ていればと思うけれど、
寝ていられないのだから仕方ないです。
今日はシーツや枕カバーなどの洗濯もあり
2回してベランダいっぱいになりましたが、
暑いので乾きが早く助かります。
寝不足で昼食は手の込んだものを作る元気が
無かったので、鮭を焼いて、いり卵を作り、
青野菜がピーマンしかなかったので、
オリーブオイルで炒めて醤油で味付けして
炊き立てご飯にオカカと海苔を挟み
三色のり弁丼にしました。
安上がりで美味しかったです。
オレンジ系は実物を置きました。
今夜のお月様
今朝の新聞から
作家の井伏鱒二によると、その日は夜明けに雨が降り、
雨後の朝は「夏の清涼の朝」という感じだったらしい。
その後で、ジリジリと暑くなった。その日とは
関東大震災が発生した1923年9月1日である。
「清涼の朝」は大きな揺れとその後の火災によって
「三日三晩にわたって、火焔地獄」(荻窪風土記)へとなった。
死者・行方不明者約10万人。
未曽有の大惨事となった。
その震災の発生日にあたる本日の「防災の日」に
震災をはじめ自然災害への備えをもう一度、確認したい。
あたりまえのことながら、あの日のように
「清涼の朝」であろうと災害は容赦なくやってくる。
避難経路の確認、水や食料の備蓄などに加えて、
もうひとつ欠かせぬ心構えは「流言」などに
まどわされないことかもしれない。
SNSの発達した今の時代においてはなおさらだろう。
関東大震災直後、朝鮮人が襲って来るとのデマが
広がった結果、それを信じた日本人によって多くの
朝鮮人が殺害された事実は隠しようがない。
混乱した状況では、恐怖をあおるデマが広がりやすい。
もちろん今は、テレビもなかった時代とは異なる。
しかし、デマやフェイクニュースに取りつかれてしまえば
普段なら考えられない残虐な行為にも走りかねない
ことは心に留めておくべきだろう。
怪しげな情報を遠ざけ、災害時にも冷静さを保つ
訓練方法を見つけたい。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
朝は虫の声、夕方6時半頃裏庭でツクツクボウシの
鳴き声が聞こえました。
まだまだ暑いですが秋もゆっくり近づいて
いる気配です。
明日も穏やかな一日でありますように。
おやすみなさい。













