11月8日金曜日。
最後の日記から約8ヶ月弱経っていた。
相変わらずの継続性がないなぁ。と自分でも思いつつ高校生になって半年が経ったのでふといろんな部分を思い返してみる。
と思っても思い返すものなんてないのが現状。ただ入学当時はとりあえず中学生の頃と同じようにならないようにと思っていたのは覚えているけれど今見てみるとあまり変わってないかな。少なくともいい方向には変われていない。
人見知りは増していくし、言葉も話しにくくなっていくし、人付き合いが全くうまく行ってないし。
でも、少しづつ頑張って言葉を発して人と会話するのは増えていっている気がするかな。ゆっくりしゃべろうと思っていてもやっぱり小学生高学年の頃には人見知りになっていた自分にとってもう4年くらいそれが続いてしまっていてはそんな簡単には滑舌も良くはなりませんね。
それでもまぁ聞いてくれようとしてくれているだけでもいいですよね。無視されるよりかは。
今でもたまに音ゲーを一緒にしに行ったりだとか小学校の運動会を一緒に行ったりしたりする3,4年くらいの付き合いのある友人は慣れてくれましたけれど、高校の同じクラスの人らは多分かなり聞き取れないかと。聞き直されても自分の会話のスピードは変わらないので結局2,3回聞き返されるから。
勉強のほうでは今のところ普通に出来ています。2学期中間が単純に1学期期末より100点位上も落ちていたので席次も不安でしたがなんとか6番目を保つことも出来ましたし親からも特に怒られることもありませんでした。
ただやっぱりテスト勉強を全くやらないというのはやめておこうと思いました。
工業科目の最高点を取れないことが何よりも悔しい。情報技術となると自分の専攻科目みたいなものなのに最高点の人と5点差がありました。今回のテスト。
やっぱり見直しして置かないとケアレスミスが目立ち、点数を落とす原因となりました。
なんとかして期末の点数は上げておかないとやばそう。
明日は文化祭。90分学校を回りながら何かをみるという高校生活での数少ない行事ですね。
多分明日の内容が自分の中でのイメージを確定すると思います。
文化祭ってどんなものなんだろう・・・
明日はどんなことが待っているかな。
3月13日 水曜日。
ほんとうに一日暇だった。中学校を卒業して学校に行かなくていいと思ったけど、やっぱりなんというか、さみしいね。もう隣の人と会話をすることも一人でひたすら休み時間に机に伏せることも、冗談言って追っかけまわされることも、ひたすらけられたり頭叩かれたりすることも、言葉攻めされるのもないと思うと、なんだかさみしい感じもします。
かといって会話をする手がないのでしゃべることもできないんですけどね。(LINEはやっているもののIDを知らないし友達になっても大体しゃべることがない+メールはパソコンメールだしあまり使わないからそれほど意味がない。)
まぁ気にはしないでおこう。(内心寂しかっ(ry
中学校を卒業して高校入学までにすることといえば、机の整理くらいかな。
とりあえず高校で使うことになる教科書やノートを入れるスペースを作るために中学校で使っていた教科書類を出さないといけないもののすべてを置いておけることもなく何かしら、捨てないといけないようです。
どうしようかなーと考えながらどうにかして残せないかなと思いながら。高校に入ってからの復習にも少し使えそうな気もするんですけどね・・・
結局今日一日、キーボードとにらめっこをしておりました。(電子キーボードね)
昨年の12月に誕生日プレゼントとして対価と等しくないものをもらいました。
YAMAHAのPORTATONE PSR-E333であります。
正直あまり使っておらず、キーボードの上に前にメモリースティックの交換を頼んだ時に包装されていたプチプチを敷いてその上に物を置いていたりしたのですが、受験も終わり卒業したということで久々にプチプチをどかし、(そのせいで机は物置化したんですけどね)
ほんと何も弾けない初心者なのでキーボードについていた譜面を見ながらキーボードのソングマスターという機能を使ってエリーゼのためにを練習してました。
今のところStep11中の6。後半部分に突入中です。
簡単に説明すると
シドレミー ソファミレー ファミレドー ミレドシーの部分。まぁ、キーボードがある人はならしてみてください。「ここかー」って感じになると思います。
とりあえず登校日までぐらいにエリーゼのためには弾けたらなぁと思っています。
さぁ、明日はどんなことが待っているかな。
ほんとうに一日暇だった。中学校を卒業して学校に行かなくていいと思ったけど、やっぱりなんというか、さみしいね。もう隣の人と会話をすることも一人でひたすら休み時間に机に伏せることも、冗談言って追っかけまわされることも、ひたすらけられたり頭叩かれたりすることも、言葉攻めされるのもないと思うと、なんだかさみしい感じもします。
かといって会話をする手がないのでしゃべることもできないんですけどね。(LINEはやっているもののIDを知らないし友達になっても大体しゃべることがない+メールはパソコンメールだしあまり使わないからそれほど意味がない。)
まぁ気にはしないでおこう。(内心寂しかっ(ry
中学校を卒業して高校入学までにすることといえば、机の整理くらいかな。
とりあえず高校で使うことになる教科書やノートを入れるスペースを作るために中学校で使っていた教科書類を出さないといけないもののすべてを置いておけることもなく何かしら、捨てないといけないようです。
どうしようかなーと考えながらどうにかして残せないかなと思いながら。高校に入ってからの復習にも少し使えそうな気もするんですけどね・・・
結局今日一日、キーボードとにらめっこをしておりました。(電子キーボードね)
昨年の12月に誕生日プレゼントとして対価と等しくないものをもらいました。
YAMAHAのPORTATONE PSR-E333であります。
正直あまり使っておらず、キーボードの上に前にメモリースティックの交換を頼んだ時に包装されていたプチプチを敷いてその上に物を置いていたりしたのですが、受験も終わり卒業したということで久々にプチプチをどかし、(そのせいで机は物置化したんですけどね)
ほんと何も弾けない初心者なのでキーボードについていた譜面を見ながらキーボードのソングマスターという機能を使ってエリーゼのためにを練習してました。
今のところStep11中の6。後半部分に突入中です。
簡単に説明すると
シドレミー ソファミレー ファミレドー ミレドシーの部分。まぁ、キーボードがある人はならしてみてください。「ここかー」って感じになると思います。
とりあえず登校日までぐらいにエリーゼのためには弾けたらなぁと思っています。
さぁ、明日はどんなことが待っているかな。
3月12日 火曜日。
今日、卒業証書授与式が挙行され自分は中学校を卒業して小、中学の9年間の義務教育を修了した。
中学での卒業式では泣かないと決めていたものの駄目だった。とはいえ卒業式で泣いたわけではない。そのあとの最後のホームルームで汗腺が崩壊した。というのも最後に先生に音楽コンクールでうたった歌を全員で歌えなかったから最後にみんなに歌って解散したいとのことで先生にサプライズで歌を歌った。当然自分は前を見ずに床のほうをみて歌い続けた。まぁでもそのあとの先生の話でもう涙が止まらなくなり隣の人に笑われたりもしたけどまったく止まらなかった。号泣しているわけでもなくすすり声をあげているわけでもなく涙を隠しているわけでもない。
ただ、涙が目から流れ続けた。自分では鳴き声を上げないようにとこらえつつ普通に話を聞いていても自然と涙が流れてくる。結局涙が止まったのは話が終わって最後の花道を通る前の教室から出る直前。鼻水は止まらなかったけどね。
タイトルに卒業証書授与式って書いてながらも何も書かないのはお察しください。
そして最後に一年間共に暮らしてきた教室に別れを告げて教室からでて在校生(この学校では学級委員をしている人[1,2年]+生徒会執行部の人が在校生代表として出席することになっている)や先生、保護者が作ってくれた花道を通ってグラウンドの奥のほうでクラスでの最後の簡単な話と解散をしてあとは、自由に記念写真を撮ったり、卒業アルバムになにか書いてもらったりしていたらしい。
自分もいたのにらしいと答える理由はそのあとすぐに家に帰ったからである。
その理由は答えにくいけれど、過去に先生が最後はあっさりと別れよう(間違ってるかもしれない)と言っていたのを思い出しあっさりと帰ってきたからかな。
別にこのままいてもよかったんだけど、人のたくさんいるところが正直苦手なのでさっと帰ってきました。たぶん学年全員の中で3位以内に入る自信があるほど早く帰ってきました。
ただ、その分だけ自分のやっておくべきことがわかってしまいました
小学生の時は友達と放課後学校で遊んだり帰ってきてすぐ駅前の公園で遊んだりしてた、最後の6年生。
中学生の時はパソコンや機械に触れて日々を過ごしてきた3年間。
自分はきっと「本来、人付き合いに使うべき時間までを自分の殻に閉じこもり機械に触れていたんだと」
別に機械のせいにするわけでもなく嫌いなわけでもありません。
ただ、自分が勉強せずにゲームばかりして高校受験で大変なことにあったことがあったように、
自分がもっと人と接してコミュニケーションを取れていたらもっと違う一年間があったんじゃないかなと。
別に機械やゲームしてたから人としゃべることがなくなったんじゃないんですよ。
TwitterやFacebookなどをしてて、顔も名前も知らない人と文章上での会話をすることで人と直接口で話すことが嫌いになったというか苦手になったんだと思います。
そして、あまり感情を出すことがなくなった。そんな気もしています。
パラレルワールドが存在するのなら一つの世界ぐらい自分が人ともっとしゃべれるような自分になってくれている世界がぜひあってほしいものです。
もう今更言っても遅いんですけれどね。これが3年生になった最初の時か2学期ぐらいに気付けていれば自分は変わることもできたんでしょうけどね・・・・
自分はいったいどれだけのチャンスを踏みにじってきたんだろう。でももう気にはしません。
「過去は問わん。これから先のことを考えろ」
2年の時の野外活動の時のキャンプファイヤーで当時別のクラスの担任をしていた先生(今年の自分の担任の先生)が言った言葉です。
言葉のそのままの通り、高校に入ってどうするかを今のうちに考えておこうかな。中学校のことは忘れて(思い出は忘れずに)。
そしてこのネガティブな性格を変えて感情を表現できる、そんな自分になれたらいいな。
最後に、同じクラスの人がこの日記を見ていたら、伝えたい言葉です。
1年間という短い間だったけどありがとう。今思えば休み時間は机に伏せて寝ていたり、本を読んでいたり、最後のアルバムに書いてもらう時間があったとき、死体化してたり、一人だけ教室で本読んでたりと本当にクラスの人からすれば迷惑(?)な行動がたくさんあったかもしれないけど許してください。その他の場面でいろんなところで足を引っ張ったりしたこともあったかもしれないけど許してください。そしてこんな自分に話しかけてくれたり話を聞いてくれたり変なあだ名で呼んで来たり、自分ばかりいじりだおされたりとある意味散々はことばかりだったけど、うれしかったです。
そして今日きっとみんなに書いて渡している手紙の中に音楽コンクールを大きく支えてくれてありがとうと書いてくれた人、これまたみんなに書いて渡している手紙を殆ど会話がなかった人からもくれたり、
自分の早口で聞き取れなかったと思うけれど聞こうとしてくれた人。
ありがとう。最初は嫌だったこのクラス。そして終わりの時にも学校に行きたくないと思っていた時期があったりもしたけれど、自分はとても楽しかったです。
何もクラスのことをしてやれなかったけれど、人のために何も尽くせなかったけれど。
自分は教室の雰囲気、風景を本を読みながらだけど見ているだけで楽しかったです。
自分はこのクラスの仲間に出会えて、先生に出会えて本当に幸せです。もう少し同じ空間や教室のなかでいることができたらうれしいけれど、卒業という時期が必ずやってきてしまうので不可能なことでした。
もしかしたらもう二度と会うことも会話をすることも(文章上の会話はあっても実際に会って話したりすることはきっとない)ない人がいるかもしれないけれど。。
いつか再び集まる時がやってきて自分がいないときに、記憶の片隅にでも自分の存在があればうれしいです。
もしも行けたら、「お前誰だっけ」って言われるように変われたらいいかな(髪の長さ的な意味も含め)
クラスのみんな、本当にありがとう。普段何も言わなかったり最後まで笑ってと言われても笑わなかったりもしたけれど、自分は最高に楽しかったです。
なんてね。遺書みたいになってしまったけど、これが自分がクラスのみんなに送るメッセージです。きれいごとみたいになってるけどスルーしてくれたらうれしいなぁ。
明日に公立高校を受ける人たちの事前指導があるらしいので明日に公立高校受ける人に応援メールでも送ろうかなと思っています。まぁ言葉攻めで攻め立てられると思うんですけどね・・・
もう頭いきなり叩かれたり言葉攻めされなくなると思うとさみしくなったり・・・・はないかな。
うそです。
こうやってメッセージ書いてて涙が溢れそうになりましたけど出ることはありませんでした。こうやって思い出して再び涙が出そうになるというのはしっかりやってきたものがあるという証拠かもしれないですね。 今日の卒業式。そして中学校生活。3年間と長いようで短いものだったけど自分にとっては数少ない貴重な思い出です。中学校を旅立ち、高校で頑張りたいと思います。
さぁいよいよ次は高校入学。 明日はどんなことが待っているかな。
今日、卒業証書授与式が挙行され自分は中学校を卒業して小、中学の9年間の義務教育を修了した。
中学での卒業式では泣かないと決めていたものの駄目だった。とはいえ卒業式で泣いたわけではない。そのあとの最後のホームルームで汗腺が崩壊した。というのも最後に先生に音楽コンクールでうたった歌を全員で歌えなかったから最後にみんなに歌って解散したいとのことで先生にサプライズで歌を歌った。当然自分は前を見ずに床のほうをみて歌い続けた。まぁでもそのあとの先生の話でもう涙が止まらなくなり隣の人に笑われたりもしたけどまったく止まらなかった。号泣しているわけでもなくすすり声をあげているわけでもなく涙を隠しているわけでもない。
ただ、涙が目から流れ続けた。自分では鳴き声を上げないようにとこらえつつ普通に話を聞いていても自然と涙が流れてくる。結局涙が止まったのは話が終わって最後の花道を通る前の教室から出る直前。鼻水は止まらなかったけどね。
タイトルに卒業証書授与式って書いてながらも何も書かないのはお察しください。
そして最後に一年間共に暮らしてきた教室に別れを告げて教室からでて在校生(この学校では学級委員をしている人[1,2年]+生徒会執行部の人が在校生代表として出席することになっている)や先生、保護者が作ってくれた花道を通ってグラウンドの奥のほうでクラスでの最後の簡単な話と解散をしてあとは、自由に記念写真を撮ったり、卒業アルバムになにか書いてもらったりしていたらしい。
自分もいたのにらしいと答える理由はそのあとすぐに家に帰ったからである。
その理由は答えにくいけれど、過去に先生が最後はあっさりと別れよう(間違ってるかもしれない)と言っていたのを思い出しあっさりと帰ってきたからかな。
別にこのままいてもよかったんだけど、人のたくさんいるところが正直苦手なのでさっと帰ってきました。たぶん学年全員の中で3位以内に入る自信があるほど早く帰ってきました。
ただ、その分だけ自分のやっておくべきことがわかってしまいました
小学生の時は友達と放課後学校で遊んだり帰ってきてすぐ駅前の公園で遊んだりしてた、最後の6年生。
中学生の時はパソコンや機械に触れて日々を過ごしてきた3年間。
自分はきっと「本来、人付き合いに使うべき時間までを自分の殻に閉じこもり機械に触れていたんだと」
別に機械のせいにするわけでもなく嫌いなわけでもありません。
ただ、自分が勉強せずにゲームばかりして高校受験で大変なことにあったことがあったように、
自分がもっと人と接してコミュニケーションを取れていたらもっと違う一年間があったんじゃないかなと。
別に機械やゲームしてたから人としゃべることがなくなったんじゃないんですよ。
TwitterやFacebookなどをしてて、顔も名前も知らない人と文章上での会話をすることで人と直接口で話すことが嫌いになったというか苦手になったんだと思います。
そして、あまり感情を出すことがなくなった。そんな気もしています。
パラレルワールドが存在するのなら一つの世界ぐらい自分が人ともっとしゃべれるような自分になってくれている世界がぜひあってほしいものです。
もう今更言っても遅いんですけれどね。これが3年生になった最初の時か2学期ぐらいに気付けていれば自分は変わることもできたんでしょうけどね・・・・
自分はいったいどれだけのチャンスを踏みにじってきたんだろう。でももう気にはしません。
「過去は問わん。これから先のことを考えろ」
2年の時の野外活動の時のキャンプファイヤーで当時別のクラスの担任をしていた先生(今年の自分の担任の先生)が言った言葉です。
言葉のそのままの通り、高校に入ってどうするかを今のうちに考えておこうかな。中学校のことは忘れて(思い出は忘れずに)。
そしてこのネガティブな性格を変えて感情を表現できる、そんな自分になれたらいいな。
最後に、同じクラスの人がこの日記を見ていたら、伝えたい言葉です。
1年間という短い間だったけどありがとう。今思えば休み時間は机に伏せて寝ていたり、本を読んでいたり、最後のアルバムに書いてもらう時間があったとき、死体化してたり、一人だけ教室で本読んでたりと本当にクラスの人からすれば迷惑(?)な行動がたくさんあったかもしれないけど許してください。その他の場面でいろんなところで足を引っ張ったりしたこともあったかもしれないけど許してください。そしてこんな自分に話しかけてくれたり話を聞いてくれたり変なあだ名で呼んで来たり、自分ばかりいじりだおされたりとある意味散々はことばかりだったけど、うれしかったです。
そして今日きっとみんなに書いて渡している手紙の中に音楽コンクールを大きく支えてくれてありがとうと書いてくれた人、これまたみんなに書いて渡している手紙を殆ど会話がなかった人からもくれたり、
自分の早口で聞き取れなかったと思うけれど聞こうとしてくれた人。
ありがとう。最初は嫌だったこのクラス。そして終わりの時にも学校に行きたくないと思っていた時期があったりもしたけれど、自分はとても楽しかったです。
何もクラスのことをしてやれなかったけれど、人のために何も尽くせなかったけれど。
自分は教室の雰囲気、風景を本を読みながらだけど見ているだけで楽しかったです。
自分はこのクラスの仲間に出会えて、先生に出会えて本当に幸せです。もう少し同じ空間や教室のなかでいることができたらうれしいけれど、卒業という時期が必ずやってきてしまうので不可能なことでした。
もしかしたらもう二度と会うことも会話をすることも(文章上の会話はあっても実際に会って話したりすることはきっとない)ない人がいるかもしれないけれど。。
いつか再び集まる時がやってきて自分がいないときに、記憶の片隅にでも自分の存在があればうれしいです。
もしも行けたら、「お前誰だっけ」って言われるように変われたらいいかな(髪の長さ的な意味も含め)
クラスのみんな、本当にありがとう。普段何も言わなかったり最後まで笑ってと言われても笑わなかったりもしたけれど、自分は最高に楽しかったです。
なんてね。遺書みたいになってしまったけど、これが自分がクラスのみんなに送るメッセージです。きれいごとみたいになってるけどスルーしてくれたらうれしいなぁ。
明日に公立高校を受ける人たちの事前指導があるらしいので明日に公立高校受ける人に応援メールでも送ろうかなと思っています。まぁ言葉攻めで攻め立てられると思うんですけどね・・・
もう頭いきなり叩かれたり言葉攻めされなくなると思うとさみしくなったり・・・・はないかな。
うそです。
こうやってメッセージ書いてて涙が溢れそうになりましたけど出ることはありませんでした。こうやって思い出して再び涙が出そうになるというのはしっかりやってきたものがあるという証拠かもしれないですね。 今日の卒業式。そして中学校生活。3年間と長いようで短いものだったけど自分にとっては数少ない貴重な思い出です。中学校を旅立ち、高校で頑張りたいと思います。
さぁいよいよ次は高校入学。 明日はどんなことが待っているかな。
3月11日 月曜日。
新たな週の始まりであり、あの大きな被害をもたらし未だ完全には復興できていない東日本大震災から丸2年。自分は神戸に住んでいて平成7年の兵庫県南部地震が起きて小・中学校では常に地震の時のために避難訓練や冊子などをみて地震がもし起きても落ち着いて行動できるように学習していた。
そして今日の朝の卒業式練習の最終確認時に黙祷を奉げた。そして地震が起きた時、午後2時46分にも自分は家で黙祷をした。少しでも速く復興することを願いながら。
話が大きく変わってしまうが、最近日記の更新ができていなかった。自分の記憶では先週の金曜日以降、一度も書いていない気がしている。(実際未確認)
土日はどうしようか迷っていたりもしているのだが、かといって4日ぐらいの放置はさすがに日記とは言えないのかもしれない。習慣づけをしておかないといけないな。
そして今回からタイトルのテンプレートを変更した。 今までは日時を2013.3.11としていたのが、見にくいので(おもに自分が)日付は3月11日と、そしてメインテーマとしてかけるものがあればそれをサブタイトルとして書くようにしようと思う。まぁそれが続けてくれればの話だが。
いよいよ明日が卒業証書授与式となり今日は4校時で終了で2校時までは式の最終確認、同窓会入会式、学年集会があった。
最終確認は最終確認。式次第の順に歌、卒業証書授与の部分だけをスキップして通しただけだ。その後卒業生は同窓会に入会するとのことで、第一回生の方が代表として話をしてくださった。そして最後に最後の学年集会をした。
内容は各クラスの委員長からのメッセージ、学年の先生からのメッセージ。
そして最後に学年は解散するとの発言。
正式な名前ではないが、学年解散式という名がふさわしい、学年集会だった。
そしていよいよ明日、卒業を迎える。 最後はあっさりと別れを告げようかなと思いながら。
最後はグラウンドに花道を作ってくださりそこを通り体育館の近くで解散することになりそこからは友人やクラスで写真撮影、卒業アルバムにメッセージを書いてもらったりと最後らしい(?)なにか(?)をしてもいいことになっているが自分はそのままあっさりと帰ろうかなと思っているのだ。写真撮影は別にいいとして(まぁあるかどうかも分からないけど)その他のことに関してはかかわらないでおこうかなと思う。いつかどこかに行くとかクラスで何かを最後にするだとか。
そんなことには自分は参加しないことにしようと思う。まぁ行ってしまえば、参加しないのではなく参加しないほうがいい。というほうがいいかもしれないが。
とりあえず明日は普通に帰ってこようと思います。
いよいよ明日は卒業証書授与式。 さぁ明日はどんなことが待っているかな。
新たな週の始まりであり、あの大きな被害をもたらし未だ完全には復興できていない東日本大震災から丸2年。自分は神戸に住んでいて平成7年の兵庫県南部地震が起きて小・中学校では常に地震の時のために避難訓練や冊子などをみて地震がもし起きても落ち着いて行動できるように学習していた。
そして今日の朝の卒業式練習の最終確認時に黙祷を奉げた。そして地震が起きた時、午後2時46分にも自分は家で黙祷をした。少しでも速く復興することを願いながら。
話が大きく変わってしまうが、最近日記の更新ができていなかった。自分の記憶では先週の金曜日以降、一度も書いていない気がしている。(実際未確認)
土日はどうしようか迷っていたりもしているのだが、かといって4日ぐらいの放置はさすがに日記とは言えないのかもしれない。習慣づけをしておかないといけないな。
そして今回からタイトルのテンプレートを変更した。 今までは日時を2013.3.11としていたのが、見にくいので(おもに自分が)日付は3月11日と、そしてメインテーマとしてかけるものがあればそれをサブタイトルとして書くようにしようと思う。まぁそれが続けてくれればの話だが。
いよいよ明日が卒業証書授与式となり今日は4校時で終了で2校時までは式の最終確認、同窓会入会式、学年集会があった。
最終確認は最終確認。式次第の順に歌、卒業証書授与の部分だけをスキップして通しただけだ。その後卒業生は同窓会に入会するとのことで、第一回生の方が代表として話をしてくださった。そして最後に最後の学年集会をした。
内容は各クラスの委員長からのメッセージ、学年の先生からのメッセージ。
そして最後に学年は解散するとの発言。
正式な名前ではないが、学年解散式という名がふさわしい、学年集会だった。
そしていよいよ明日、卒業を迎える。 最後はあっさりと別れを告げようかなと思いながら。
最後はグラウンドに花道を作ってくださりそこを通り体育館の近くで解散することになりそこからは友人やクラスで写真撮影、卒業アルバムにメッセージを書いてもらったりと最後らしい(?)なにか(?)をしてもいいことになっているが自分はそのままあっさりと帰ろうかなと思っているのだ。写真撮影は別にいいとして(まぁあるかどうかも分からないけど)その他のことに関してはかかわらないでおこうかなと思う。いつかどこかに行くとかクラスで何かを最後にするだとか。
そんなことには自分は参加しないことにしようと思う。まぁ行ってしまえば、参加しないのではなく参加しないほうがいい。というほうがいいかもしれないが。
とりあえず明日は普通に帰ってこようと思います。
いよいよ明日は卒業証書授与式。 さぁ明日はどんなことが待っているかな。
3月6日 水曜日。
昨日は日記を書くことができなかった。というのも昨日は20:30から21:00までには寝てしまったというのが要因である。書く時を考えないといけないなぁ
そして今日は三送会。その名の通り三年生を送る会である。
毎年、吹奏楽部によるコンサート、各部活の後輩からのメッセージ、学年評議会からのメッセージ、生徒会執行部からのメッセージ、学年のスライドショー、1,2年による合唱、三年生の全員合唱というのが大体のプログラムとなって内容が毎年変わるという程度(と言ったら申し訳ないが)なのだ。
当然自分も楽しみはしていた。その反面、もう卒業なんだよなぁ、と。自然に思えてしまう。
メッセージビデオでは途中で別の学校に転任された先生や退職された先生からメッセージもあったりもして懐かしかったり、吹奏楽部のコンサートでは学年の先生が曲に合わせて踊ったり歌ったりととても楽しい物となったのだが、
なんと自分は二度目の休憩時間中に鼻血を出してしまったのだ。
自分自身、鼻血を出すことが多く(過去のプロフィールで必需品はティッシュと答えた時もあり)つい最近鼻血を出してしまい鼻水ではなく鼻血が出ることがよく合ったのだが、暑かったのかのぼせたせいか鼻血が出たしかも、なかなか止まらないパターンのほうで10分間の休憩中に止まらないと思ったので先生に鼻血が出たことを伝えて保健の先生に連れてかれ保健室に向かった。普段はティッシュを鼻に詰めるのだが(実際は良くないことだけど)焦ってるということも、たれてしまう可能性もあったので当てて押しておくだけで保健室に向かい。鼻に詰めるようのガーゼを詰めてカーゼを当ててあるマスクをつけて隠すよう指示されそして「歌は歌わなくていい」とも言われた。
当然ひな壇に立って学年合唱するときにマスクを外すことはできないものの歌えないことが非常にある意味悔しかった。だけど自分はどうしても歌いたかったのでマスクをして(基本歌をうたうときはマスクを外して歌うようになっている)鼻血が出ていることを悟られないように(実際知っているのはクラスの男子と一部の先生ぐらいで戻ってきたときはマスクをしていたので実際鼻血かどうかはわからない)して歌った。
当然マスクをして片方鼻血が出ているので熱がこもるし歌いにくかったがなんとか歌うことができた。
クラスの人や隣にいた人はどう思ったかはわからないけれど。もしかしたら迷惑だったかもしれない。
そして三送会が終わってSTし終わった後、久々に部活動しているところに行った。
後輩にメッセージを伝えるとのこと。突然昨日言われ多少焦りジョークで行かないと言ったらまさかそれを聞いた同じ部活の人がそのまま言ってしまうなんて冗談で言ったつもりがとんでもないことになったことも合ったが、結局は行ったのでなんの問題もなかったが。
メッセージを言った後後輩から色紙もらった。後輩全員からのメッセージの描かれた色紙だ。
途中、嘘の理由でサボったり余計なことしたりといろいろ迷惑かけたりもしたけどこうして後輩から色紙をもらうことができて部活をしていてよかったなぁと思うことができたかな。。。
学校行くのも後4日。 明日はどんなことが待っているかな。
昨日は日記を書くことができなかった。というのも昨日は20:30から21:00までには寝てしまったというのが要因である。書く時を考えないといけないなぁ
そして今日は三送会。その名の通り三年生を送る会である。
毎年、吹奏楽部によるコンサート、各部活の後輩からのメッセージ、学年評議会からのメッセージ、生徒会執行部からのメッセージ、学年のスライドショー、1,2年による合唱、三年生の全員合唱というのが大体のプログラムとなって内容が毎年変わるという程度(と言ったら申し訳ないが)なのだ。
当然自分も楽しみはしていた。その反面、もう卒業なんだよなぁ、と。自然に思えてしまう。
メッセージビデオでは途中で別の学校に転任された先生や退職された先生からメッセージもあったりもして懐かしかったり、吹奏楽部のコンサートでは学年の先生が曲に合わせて踊ったり歌ったりととても楽しい物となったのだが、
なんと自分は二度目の休憩時間中に鼻血を出してしまったのだ。
自分自身、鼻血を出すことが多く(過去のプロフィールで必需品はティッシュと答えた時もあり)つい最近鼻血を出してしまい鼻水ではなく鼻血が出ることがよく合ったのだが、暑かったのかのぼせたせいか鼻血が出たしかも、なかなか止まらないパターンのほうで10分間の休憩中に止まらないと思ったので先生に鼻血が出たことを伝えて保健の先生に連れてかれ保健室に向かった。普段はティッシュを鼻に詰めるのだが(実際は良くないことだけど)焦ってるということも、たれてしまう可能性もあったので当てて押しておくだけで保健室に向かい。鼻に詰めるようのガーゼを詰めてカーゼを当ててあるマスクをつけて隠すよう指示されそして「歌は歌わなくていい」とも言われた。
当然ひな壇に立って学年合唱するときにマスクを外すことはできないものの歌えないことが非常にある意味悔しかった。だけど自分はどうしても歌いたかったのでマスクをして(基本歌をうたうときはマスクを外して歌うようになっている)鼻血が出ていることを悟られないように(実際知っているのはクラスの男子と一部の先生ぐらいで戻ってきたときはマスクをしていたので実際鼻血かどうかはわからない)して歌った。
当然マスクをして片方鼻血が出ているので熱がこもるし歌いにくかったがなんとか歌うことができた。
クラスの人や隣にいた人はどう思ったかはわからないけれど。もしかしたら迷惑だったかもしれない。
そして三送会が終わってSTし終わった後、久々に部活動しているところに行った。
後輩にメッセージを伝えるとのこと。突然昨日言われ多少焦りジョークで行かないと言ったらまさかそれを聞いた同じ部活の人がそのまま言ってしまうなんて冗談で言ったつもりがとんでもないことになったことも合ったが、結局は行ったのでなんの問題もなかったが。
メッセージを言った後後輩から色紙もらった。後輩全員からのメッセージの描かれた色紙だ。
途中、嘘の理由でサボったり余計なことしたりといろいろ迷惑かけたりもしたけどこうして後輩から色紙をもらうことができて部活をしていてよかったなぁと思うことができたかな。。。
学校行くのも後4日。 明日はどんなことが待っているかな。
