こんにちは、
さちです♪
少しずつ日が長くなり、
暖かくなってきましたね。
最近ちょっとだけやさぐれてきました。
今日は心によく湧いてしまっていた気持ち
私ばっかり!
を、掘り下げてみたお話しです。
どんな時にこれを感じるかというと、
主に仕事の時です。
新しい仕事を始めて、ちょうど3ヶ月。
仕事の内容は、すごく楽しい。
こんなのやりたかったなぁ〜。
でも、これだけをやれる仕事なんてないだろうな。
と、諦めていたことが、実現している仕事。
大変なことがあっても、
絶対やり遂げたい!
やり遂げてやる!
と、やる気満々だった。
それが最近、ちょっとモヤモヤしてる。
入社して1ヶ月も経たない頃、
私と一緒に入社した同期が
首になることが決まって、
私も役に立たなければ切られる!
と、怖くなって必死に働いていた。
そうしていると、褒めていただくことも屡々。
えっ!こんなに??
って思う量の仕事が回ってくるようになった。
仕事は基本、残業は無し。
残業はなるべくしないで欲しいといった感じで、
限られた時間の中でたくさんのことを
こなす事が求められる。
仕事の内容は依然として楽しい。
なのに最近、増えた仕事の量に対して、
お給料は変わらないのになぁ…。
お給料に見合った仕事なんだろうか?
限られた時間の中で
どんどん仕事を詰め込まれるのって、
粗末にされているのでは?
って感じるようになってきた。
結局のところ、
私は大事にされているの?
ということが気になってきたのだ。
会社が勤務時間内に
人をどう使うかなんて自由だし、
慣れてきたら仕事が増えるのなんて突然のこと。
お給料=評価でもない。
頭では、わかっているのに、
大事にされていないのでは?
と感じる気持ちが止められない。
これは今向き合うべき問題だな〜…![]()
それを友人に話すと、
何だか前の会社にいた時と同じようなことに
なってきたね。
って言われた。
確かに似てるかも…![]()
ってことは、
私がこの状況を作り出しているんだな。
私ばっかり。
に続く言葉は
蔑ろにされている感じがする。
だ。
なんでこれを感じるんだろう?
自分のペースでやっている同僚と
比べてしまっているのかな?
けれど、たくさん仕事が回ってくるということは、
評価されてるということでもある。
私は評価されたかったんでしょ?
辞めさせられたくなかったんでしょ?
たくさん求められている。
万々歳じゃない。
これが欲しかったはずなのに、
何だか心の底では怒ってる。
私が私に怒ってる…。
課せられた仕事で、
できませんでした!
ってなったことは一度も無い。
できないなら、無理してでもやり遂げるから。
私は、無理をしてた。
課せられた仕事を、
時間内に終わらせることができなそうな時は、
朝早く出勤して、打刻せずにサービス残業してた。
これは、前の職場にいた時もそうだ。
休日出勤や、持ち帰りの仕事もたくさんやってた。
できないならできないって言えばいいのに。
今の会社の方々は、
「容量オーバーだったら言ってね」って
気にかけてくれてたのに。
やり遂げたい!って気持ちは嘘じゃないけど、
無理してまでやるなら、ちょっと違う。
できなきゃカッコ悪い。
評価されない。
必要とされない。
ってことが怖かった。
良く見られたい私が、できないのに
はい!大丈夫です!
って引き受けて、無理をする。
無理をして辛い気持ち、
悲しい気持ちは見てない。
それを請け負っているもう1人の私が、
何で私ばっかり!
蔑ろにしないで!
って怒ってるんだ。
今の自分が感じていた私ばっかり!
の正体は、なんとなくわかった。
でも、まだ全部じゃない気がする…
それに、
前の会社にいた時と同じ様な事になってるなら、
過去に「必要とされないことが怖い」と
握ったできごとがあるな…
ここ数ヶ月、ふとした瞬間に、
幼少期の友達の姿が浮かぶ。
数ヶ月前、仲間が掘り下げてくれていた中に
出てきた友人達。
「さっちゃんと遊んでもつまらない」と
いつも言っていて、私は子分扱い。
おやつや大事なものを差し出せと言ってきたり、
いつも嫌な役ばかり押し付けられていた。
保育所〜小学校1年生くらいまで、
その子達と毎日遊んでいた。
その頃の私は他に友達もいなく、
嫌だなと思っていてもその子達と
遊ぶということが、当然だった。
お母さんも心配するし…
彼女達は、私に何か要求する時、
ちゃんと理由を用意した。
この中で○○できないから。
この中で、1番○○だから。
そう言われると、
確かにそうだから、言い返せなかった。
それでも、嫌だ!と言ったこともある。
言うと、最終的には
じゃあ、一緒に遊ばない。
帰れば?
と言われるから、
言う通りにすることを選んでた。
更に、
保育所のある日、
私がおばあちゃんの家から帰ってくると、
母が
AちゃんとBちゃんが遊びに来たよ
と言った。
私は、その子達が来てくれた事が嬉しかった!
けれど、次の母の言葉を聞いて、
その気持ちは無くなった。
さち、
おばあちゃんの家に行ってていないって言っても、
「知ってる」って言って、
あんたのおもちゃで遊んで帰ってったよ。
……。
遊ぶのに、私はいなくてもいいんだ。
私のおもちゃがあればいいんだな。
何だかすごくショックだった。
それからは、
自分から差し出すことも多くなった。
その時から今迄、
なんてひどい友達だったんだろう
と思い返すことは何度もあった。
私悪くなかった!
できなくなって、悪くはなかった!
本当はあげたくなかった!
粗末に扱われて、悲しかった!
あんな子達と、
遊ばなければよかったのに!
こんな怒りの感情が湧いてきて、
一通り怒って終わりだったけど、
今は、
もっと奥にある感情を見なくちゃいけない。
私が認めたくなかった気持ち…
見ないようにしていた感情は…
寂しい。
本当はひとりぼっち。
いらないと思われてること、
悲しい…。
この気持ちを見ようとすると、
そんなことないもん!
と、抵抗する小さな自分がいる。
必要とされていないことを、
認めたくなかった。
これを見ないようにしていながら、
必要とされない私には価値が無い。
と、勝手に思い込み、握りしめた。
いらないと思われる私なんて、
私もいらない。
って、自分を粗末にし始めた。
これを感じるくらいなら、
無理してでも、我慢してでも、
出せるものを差し出せばいい。
その友人達が悪いとかじゃなくて、
どんな状況であったにしろ、
自分で決めて捧げてた。
捧げる代わりに、
私を必要として!
って見返りを求めてた。
結局元が歪んでいるから、
見返りが感じられないと、
大事にされていない!と怒りが湧くし、
欠乏感が続く。
今の会社の状況も一緒。
自分から捧げておいて、
ちゃんと評価されていないように感じて、
大事にされている感が感じられず、
都合良く使われている!と怒ってる。
私を1番粗末にしてるのは私。
少しでも見てもらおうと
ホイホイ自分を差し出し、
自分で自分を粗末に扱っていたから、
粗末に扱っていいオーラを、
自然に出してしまう。
それでも奥にいる無理や我慢をさせている自分は、
私を粗末にして!![]()
見ないようにしていた寂しい気持ち、
苦しい気持ちに気付くまで、
場所と時間を変えても、
同じように感じる現実がやってくる。
この無限ループを、
いい加減断ち切りたい。
子供の頃、見ないようにしてた寂しい気持ちを
私は私にどうして欲しいと思っているのか、
やっとわかってきた。
ずっと自分に対して、
これを言いたかったんだろうな。
自分のこと、もっと大事にしよう。
簡単に差し出さない。
無理をさせるのはやめよう。
人からの評価より、
自分であることを選ぼう。
そう思いました。
後日、急遽やって欲しいと言われた仕事(雑用)
に対して、
本日のスケジュールはいっぱいなので、
難しいです。
と、断ることができた。
その他にも、無理しないでできる時間を
言えるようになった。
それをやっても、
会社からの対応は何も変わらなかったし、
私も肩の力を抜いて
仕事ができるようになった。
他人から必要とされないと満たされない人生は
もう終わろう。
私が私であることで、自分を満たそう。
冬が明けるのを土の中で待っていた
ふきのとうみたいに、
奥にいた自分が出てこれた感じです。
せっかく好きな仕事に巡り会えたのだから、
楽しまなければ!
評価の為に仕事を頑張るのではなくて、
私の為に仕事を楽しんで、会社にも貢献していく。
そんなスタイルで、
仕事をしていきたいです![]()

