神の経綸(God of mechanism)日の本は神国なり 龍神の形 北海の鳳 竜飛の津軽 正邪賤神戦えば正が勝 神現共○楽園界

神の経綸(God of mechanism)日の本は神国なり 龍神の形 北海の鳳 竜飛の津軽 正邪賤神戦えば正が勝 神現共○楽園界

三千年前より仕組しありし、神の経綸について書いています。
信じるか信じないかはあなた次第・・・

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日本から現れるといわれる、救世主とは・・・。
https://www.youtube.com/watch?v=yzpcV1uJ3ZA
東北の片田舎にひっそりと佇む「松の高天原」
この松の高天原の教主は現在30歳代
松の高天原の教えは、万教同根。
すべての宗教は一つの元より発せられている。
いかがでしょうか・・・
先に掲載した、世の大立替、建直しに、松の高天原の使命が書かれています。今一度読み返してみてください。

信じるか信じないかは・・あなた次第

月下の金龍

 

昭和394

 

(外童子、福士つくさんのお話し)

今冬ある日の午後八時半頃のことでした。お風呂から上がった親子四人は、T路地になっている街角に差しかかった時、年の頃五十位の女の方が「あれ、あれ」と頓狂な声を出しました。街を歩いていたのは私らばかりと思ったのですが、いつ、私達の傍にその女の方が来ていたのか誰も気づかなかったのです。声を聞いて、はじめて、誰か居ったのだと思ったほどでしたが、突拍子もないその声を聞いて、一瞬、火事だろうかと思ったが、殆どその声と同時に、私達は立ち止まっていました。そして一点の雲もない冬空の中天に現れた霊異に気づいていました。

 

「あれ、あれ、龍神さまだ、竜神さまだ」

 

と、その女のお方は自分を忘れて口走っていました。何処の方かもわかりません。所用があってこの街へ来た私たちは、いわば旅の者だったので、この婦人が、この近所だったとしても、わからないのが当然のことなのです。その晩は旧の十七日だったそうですが、十七日のお月さんが何処にかかっているかわかりませんでした。ともかく実によく晴れあがった夜空でした。立ちどまった私たちは、お互いに、どのように見えるとも話合わず、呆然として空を見上げておったのでした。

 

三日月と云ったらいいでしょうか。いつも見る三日月さんよりも、もっと、もっと大きかったし、もっと太かったのです。口では言えないほど美しい弓なりの下弦の月でした。その月の真下に、その五倍位に見える金色の竜体がはっきりと見られるのでしたる「どの位大きかった」と聞かれても、ちよっと返答に困るのですが、四百メートル離れたところから見て、百四、五十メートル位の大きさだったのでした。

 

「私は生まれてからこのかた百年も、ただの一回も神さまを拝んだためしはないが、今夜はなんとしたことか。こんな有難い竜神さまを拝するなんて、ほんに仕合せなこった。今年は辰年だし、新年早々、こんな有難いものを拝めたのは、きっといいことがあんべ」

「神さまは、ほんとにあるのんだ。ああ、ありがたい、ありがたい」

 

連発する「ありがたい」という声を耳にしながら、私達は唖のようになって、感激に打ちふるえながら、合掌して天空を仰いでおりました。

 

皓々と冴えわたる大きい三日月さま!

金色に輝く巨大なご竜体!

(こうべ)げて今、(まさ)翔けるような

腹部は、なだらかに湾曲を描きながら、

下方に垂れ、

尾部に至って再び舞い上がり

天女のまとう羽衣の風になびくかのような姿態!

空を切る髯の数もかぞえ立てられるほどの鮮やかさ!

金鱗の一枚、一枚が息づくかのような立体感、

 

したたるような緋色でくまどられた陰翳(いんえい)唯々讃嘆するばかりの絶妙をめた(たくみ)でありました。無言、いるかもえるありませんでした。

虚脱したように合掌しながら拝んでおりましたところ、まず、上の月が自然に薄れて見えなくなり、その後、やや、しばらくしてから、ご竜体も薄れ薄れて遂に姿を没したのでした。そして、再び一点の雲とてない静かな冬の夜空になりました。ふとわれに返ったときには、「百年も神さまを拝んだことがない」と言った女の姿も見当たりませんでした。道々、いいあらわす術もない感動と法悦に眼がしらが熱くなるのみでした。

 

 

ある朝、教祖さまがお目をさまされたその瞬間、「月下の金竜、月下の金竜」というお声を聞かされ、そのことについて思いめぐらしたとき、胸に浮かんだのは、私(松邦)が申し上げた「福士つくさまご一家の体験」のことであった。「福士さんが参山していないか」というご連絡があったので、さがしたところ、折よく当日、福士さんが参山なさっていた。輝く金竜を拝したのは、ご本人が気づかなかったが、満一年前の当日の夜のできごとだったわけである。一連のご計画の中に盛られた霊象だったのである。