日常の一コマに、音楽を

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見えないけど感じるもの
第12回目は「発想の転換」です。
(Vol.12: The Change of Perspective)


毎日の生活の中で、以前からずっとそこにあるのに、何らかのきっかけがあって初めて気づくことがありますよね。自分の視点や考え方が変わると、いつもと同じ風景でも違って見えてきます。

歴史の中でもそんなことがありました。時は15~16世紀のルネサンス。カトリック教会が支配的であった中世を経て、ルネサンス期は芸術文化が一気に花開きます。そして以前は表現対象ではなかったものが絵画や音楽のテーマになってきます。その最たるものは「人」です。

レオナルド・ダ・ヴィンチは1492年に人の平均的なプロポーションを示したウィトルウィウス的人体図を描きました。「人体の調和」とも言うそうです。彼は実際に人体解剖手術に立ち会い、筋肉などのスケッチを多く残していますが、その鋭い観察眼が「モナ・リザ」のあのたおやかな微笑みにも現れています。芸術と同じく、王侯貴族などのパトロンによって支えられていたのが大航海の旅。1492年といえば、コロンブスによってアメリカ大陸が発見された年でもあります。

人の様々な表情や身体の再発見、また新しい世界を見出したのがこのルネサンス時代でした。同じく頃、音楽でも変化の兆しがありました。

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その前に少し時代を遡ると・・・古代ギリシアの数学者ピュタゴラスにより8度、5度、4度の音程が単純な周波数比で成り立っていることが解明されました。例えば2:1は8度、3:2は5度というように。

一説によれば、ピュタゴラスが偶然通りかかった鍛冶屋の前で金属音を聞き、「この2音はなぜ協和するんだろう?」と素朴な疑問を投げかけたところから、この原理が発見されたとされます。(リラを弾く人。写真はwikipediaより)そしてこの音程は中世の教会で歌われた多声音楽のカデンツ(終止形)に使われていました。この音響が数世紀に渡って神々しく美しい響きとされてきたのですね。

☆マショー:ノートルダム・ミサ(14世紀)
Guillaume de Machaut: Messe de Nostre Dame


そしていよいよルネサンス期に大きな変化が訪れます。3度が新たな協和音程として意識され始めたのです(純正律)。
”長3度の響きは自然倍音列の第5音の取り込みを意味し、音響的・物理的「自然」と一致していた。そしてこの長三和音がドミナントの発見を促したのである。”(「新名曲が語る音楽史」より)

☆ギョーム・デュファイ:「新たにばらの花が」(1436年)
Guillaume Dufay : Nuper rosarum flores
※~0:18と5:48~の違いに注目。


3度の意識、ドミナント進行によるカデンツ、そして教会旋法から長調・短調への変化、さらに平均律の開発・導入によって、西洋音楽は本格的に新しい時代を迎えます。
1オクターブを全て均等な周波数比で分割する平均律は人工的に開発されたものですが、これにより24全ての調で転調や移調が自在に行われるようになりました。妥協の産物だと批判もされましたが、後に多彩な楽曲を生み出すきっかけになったコロンブスの卵的発想といえるでしょう。

☆バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第1・2巻(1722年, 1738-1742年)
J.S.Bach : The Well-Tempered Clavier, Book I,II
piano: Sviatoslav Richter

自然な音楽の流れの中に変化をもたらす近親調への転調だけでなく、意外性ある遠隔調への転調や異名同音による転調をする曲も現れます。異名同音(エンハーモニック)は同じ音でありながら調が異なるので音名が変わります。これを利用した転調は、「同じ場所に立ちながら、いつの間にか周りの景色も道の方向も変わっている」といった感じでしょうか。まるでスクランブル交差点!?このシューベルトのピアノソナタやショパンのマズルカでは転調が頻繁に行われ、捉えどころのない幻想性や神秘性が際立っています。

☆シューベルト:ピアノソナタ D960 (1828年)
Franz Schubert : Piano Sonate D 960
piano: Severin von Eckardstein

☆ショパン:マズルカ Op.56-3 (1843年)
Chopin : Mazurka in C minor, op. 56 no. 3
piano: Daniil Trifonov

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時代はさらに進み、調性音楽が飽和状態に達するロマン派後期から近現代にかけては、調性の曖昧な曲や無調の曲も出現します。 アルノルト・シェーンベルグが駆使した12音技法は主音がなく12音全てが平等に扱われます。これはヒエラルキーからの脱却ともいえる歴史的大転換です。

☆リスト:無調のバガテル(1885年)
Franz Liszt : Bagatelle sans tonalité
piano: Olivier Gardon


☆シェーンベルグ:5つのピアノ曲 Op.23 (1923)*
Schoenberg : Five Piano Pieces, Op. 23
piano: Glenn Gould


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歴史をひっくり返すほどの発想の転換は、なにも「大変化を起こすぞー!」と意気込んで臨んだわけではなく、視点をちょっと横にずらしてみる、”常識”から少し離れてみる、いつもとちょっと違う動きをしてみる、といった1ミリ単位の小さなきっかけから生まれているのかもしれません。

2人のノーベル賞受賞者、山中伸弥教授('12ノーベル生理学賞)と益川敏英教授(’08ノーベル物理学賞)の対談をまとめた『大発見の思考法』という本があります。二人に共通しているのは、意外なほどシンプルな発想の転換が、世紀の大発見に繋がったこと。山中氏はある実験で出た予想外の結果に驚いて感動した体験が、研究に打ち込むきっかけになったそうです。この言葉が特に印象に残っています。

”人間が思いもかけなかった『ヘンな顔』を自然は見せてくれる。それをきちんと受け止め、興味をもち追い求めていけば、独創的な自然に助けられて自然と次のステップへ行ける。”


今回が2014年秋シリーズ最終回です。
もう冬がそこまで迫っていますね。
お読み頂いてありがとうございました。