去年までまったく気にならなかったのだが、人の指輪に意識がいくようになった。

その薬指に指輪がついているかどうかで人を判断してしまうようになった。
指輪をしていることが既婚であることを表し、その方が社会人として信用が高いという判断が世間でなされることもある。

気になりはじめた人にとって、指輪はすごく大きなシグナリングになる。
僕はこれがすごく嫌だ。

指輪を見て、この人はたしかに成功した人生を送ってきてるんだなと思ったり、この人は歳いってるけど指輪してないな、かわいそうで親近感湧くなとか思うのがめっちゃ嫌。

歳の近い若手社員と関わりがあるときとかも、その薬指を見ていちいち感情を動かしてしまうのがとっても嫌。
ちょっとかわいいとかタイプだなとか思った人が指輪してるの見てがっかりするとか、くだらないオブザワールドだと思う。

でもこの文化って、本来そういうためのものなのかと思う。
社会的動物たる人間が、すでにできあがった関係性を、もっと大きく言うと秩序を壊さないためのシグナリング。

目の前の人にはすでにできあがった関係性があります。それがどういうことかわかりますよね?と諭してくる感じ。

そして指輪をつけたときの自分の感覚、周囲からの見られ方というのは、未婚の人間にはわからない。
指輪を薬指にするのは既婚の人間という社会的ルールは思った以上に強力で、ファッションでそれをしようという人は滅多にいないだろう。

なんかその、社会的シンボルとしての指輪がとっても嫌いということを意識しているのだと思った。

でも、好きな人が指輪をして笑っている姿を想像すると、とっても美しい。
2人にとっての個人的な、特別なシンボルという意味での魅力はある。そしてそれは薬指の指輪でなくてもいいはず。

でもそんな姿を思い描いてしまうのは、自分も指輪の社会的意味に捉われているんだろう。
自分たち2人が、男女として社会的に了解された関係性になること、なのだろうか。

ながながと書いたけど、要はうらやましいだけなのかも。