
『姉ちゃん、ありがとう。』
この一言で自分の行いは肯定された気がした。
昨日は父の命日だった。
数年前、父は小脳梗塞で寝たきりになった。絵やカラオケが得意で社交ダンスも上手くて運動神経も抜群だったのに。
変わり果てた姿に影で大泣きした。後で聞いたら、弟も葬式の時は涙が出なかったけど入院した時は泣けたと言っていた。
入院中、弱った姿を見せることを嫌っていた父は、知り合いが見舞いに来ることを断るように言った。だから、自分もいつもと変わりないフリをして見舞いに行っていた。
父が亡くなったとき、自分は自治区の区長代理だった。通常は区長代理の父親が亡くなったら、近所と大騒ぎして葬儀をしなければならない。それは避けたかった。平日に役所の支所で、ばったり会ってしまった知人にも内緒にしてくれと頼み込んだ。
父の葬儀のプロデュースは自分がやった。弟は葬儀社に勤めていたことがあるので、喪主だけど葬儀屋をしてもらった。
家には仏壇も遺影も置かなかった。そんなものに父の想い出や存在が置き換わることが許せなかった。いま自分や弟が生きていることが父のいた証、それで十分だと思った。
父は誕生日に死んだ。すごい。ただ死なないところが流石だ。プロにオーダーして、そんな父に化粧をしてもらい、タキシードを着せてもらった。弟が『ケーキ買ってきて。』というので、火葬場に持って行った。そして、棺桶にバースデーケーキを入れた。花でいっぱいにして、父は骨になった。骨壷は自分が持った。重かった。父は背が高かったので、棺桶は狭そうだし、骨壷に骨が入りきるか、変な心配ばかりしてしまった。
親族だけしか呼ばなかったが、一番世話してくれた叔父さんが戸惑った面持ちで、『なんというか…オシャレだな。』と言ったので笑ってしまった。
はたから見ると、滅茶苦茶な葬儀だろうけど、一番一緒にいた弟が『ありがとう』と言ってくれたことで自分は安心できたんじゃないかなと思っている。