古くからの地元の人たちは、みんな「屋号」で呼び合う。
以下、上尾市役所HPから。
上尾市の集落の中には、江戸時代から付された「屋号」が、現在も使われている例が数多くみられる。「屋号」は大きく(一)家の格や性格を示すもの(二)家の位置や場所を示すもの(三)家の職業・副業を示すものなどに分類することができる。この三分類のうち、第三の「職業・副業」は、本来農民身分の家の農業外の職であり、「農間渡世」と称されるものである。これらの例に、ざる屋、下駄屋、綿屋、かじ屋、屋根屋、大工、左官、鳶(とび)、茶屋、油屋などがある。この「農間渡世」の職種は、江戸時代も後期になるほど多様化している。これは一面では農民の生活が豊かになったことを示すが、反面では専業農民が減少したことを表している。
(『上尾市史第十巻(民俗)』)
まちづくりとか、まち育てとか、偉そうに言ってるけど、そんなのぜんぜん本当じゃない。
現実は、「まちの長老たちに自分を育ててもらうこと」。
それが、地域コミュニティーのためになる。
だから、まちのことをちゃんと教えてもらって覚えようと思う。
じゃないと、みなさんのしゃべってることがわからないから。笑
以下、上尾市役所HPから。
上尾市の集落の中には、江戸時代から付された「屋号」が、現在も使われている例が数多くみられる。「屋号」は大きく(一)家の格や性格を示すもの(二)家の位置や場所を示すもの(三)家の職業・副業を示すものなどに分類することができる。この三分類のうち、第三の「職業・副業」は、本来農民身分の家の農業外の職であり、「農間渡世」と称されるものである。これらの例に、ざる屋、下駄屋、綿屋、かじ屋、屋根屋、大工、左官、鳶(とび)、茶屋、油屋などがある。この「農間渡世」の職種は、江戸時代も後期になるほど多様化している。これは一面では農民の生活が豊かになったことを示すが、反面では専業農民が減少したことを表している。
(『上尾市史第十巻(民俗)』)
まちづくりとか、まち育てとか、偉そうに言ってるけど、そんなのぜんぜん本当じゃない。
現実は、「まちの長老たちに自分を育ててもらうこと」。
それが、地域コミュニティーのためになる。
だから、まちのことをちゃんと教えてもらって覚えようと思う。
じゃないと、みなさんのしゃべってることがわからないから。笑