リヴァちゃん日記

リヴァちゃん日記

日頃、身の周りで起こった出来事や自分なりに考えていることから、世の中の動きやサブカルチャー、文化教養から猥談まで何でもありのブログです。

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《神々がトルコ石を作りたもうとしたとき、そのうちでももっともできあがりのすばらしいものをペルシアに埋めこみ、残りのすべてを人々がエーゲ海と呼ぶ水の中に溶かしたもうた》マケドニアからメソポタミアまで、そして、クレタからカルタゴまでの語り部たちのあいだで、このように伝えられている。


トルコ石は歳月と酸によって黒くなることがある。その不幸な朝、エーゲ海自体も怒りによって黒くなったかに見えた。北風の神、ボレアスとかれの娘たちが海面をかき乱し、まれに見る暴風をひき起こしたのだった。ふだんはおだやかな海面が怒りでうねり、泡立つ波が陸地を襲い、地形を支配するための終わりなき戦いを海岸線に挑んでいた。


自然の強大な闘争をよそごとに、小さな赤い蟹たちが、船を押しつぶすほど巨大な波のあいだをくぐり抜けて食べ物を探していた。蟹たちにとって、海と断崖との永遠に続く戦いは、この格別に岩だらけの海岸をいつもやさしく覆う霧のようにぼんやりしたものだった。蟹たちにすれば、そびえ立つ高波は、咆哮のたびごとに自分たちの食糧を運んできてくれる便利な召使でしかなかった


蟹たちは波の力を怖れなかったが、波よりも狂暴な力がその存在を示したときにはあわてて横に逃げた。蟹たちはお気に入りの避難所である岩の裂け目や水のたまったくぼみの中に隠れた。


逃げ遅れた一匹が踏み殺された。そのゆるやかな死は、ただ犯人をたのしませるためだけのものだった。人間と波の相違は、その目的にあった。


その蟹の死はある種の凶兆であったが、断崖につうじる濡れた斜面を一列になって進む、きびしい表情の甲冑姿の男たちの意図を推察するには神の啓示を必要としなかった。かれらはより残酷な殺戮をおこなう運命にあったのだ。風がかれらの眼に打ち当たった。雨が兜と胸当ての中に流れこみ、顔と身体をなまあたたかく濡らした。


男たちの数人はひげをたくわえていた。たいていは、縮れたひげを頬の部分でみじかく苅りこみ、顎の部分が尖って見えるようにしていた。身体にまとったケープがかなり雨を防いでいてくれた。そのケープは他の役にも立っていた。なぜなら、その隊列の中には、これから遂行する任務に疑惑を感じ、ケープの中に隠れていられるのをよろこんでいる男たちもいたからである。


だが、なぜ自分が心配する必要があるのだろうか? と忠実な兵士たちのひとりは考えていた。自分は王と神官たちの命令に従っているだけではないか。自分たちが執行しようとしている刑罰はかれらによって布告され、神に供え物をすることによって承認されたのではないだろうか? アルゴスの市民たちはその決定に喝采し、最低な悪罵を口にしながらその罪人に石を投げかけたのではなかっただろうか? 全員がそれほど指示しているのに、なぜ自分が心配する必要があるのだろうか?


この兵士は平均よりすこしばかり長身だった。神が自分とともにあり、自分の行動が正しいということに気づくと、かれの足どりはある意味を持つようになった。


それに、かれは一介の兵士でしかなかった。かりに、かれが神官たちの決定に反対したとしても、たったひとりの兵士が王に敵対してどんなことができるのだろうか?


兵士たちの隊列は、荒波を見おろす断崖の頂上にむかって蛇行していった。その行進の意味は、兵士たちによって運ばれているふたつの品物によって物語れていた。


そのひとつは、大型の棺を思わせる大きな木製の衣装箱だった。装飾のちがいはともかく、使用目的はおなじだった。六人の兵士たちがその衣装箱を肩にかついでいた。


もうひとつは、ひとりの若い女性にやさしく抱かれた、泣き声を出す包みだった。その女性は憔悴した顔をときたま左右にすばやく向け、逃げ去る隙がないかと探したが、甲冑と剣が眼にはいるだけだった。彼女の腕の中の幼児は小声で泣き続けていたが、その不満そうな響きは風の荒々しい叫びによってかき消されていた。


その女性は右の方向に逃げ、濡れた岩の上を走り降りようとした。だが、ほんの数歩走ったところで、ふたりの兵士に簡単に捕らえられてしまった。彼女は、幼児を抱いていたし、足にまめができていたから、あまり速く走れなかったのだ。


その女性も、彼女を護衛している兵士たちも、みじめな失敗におわった脱走に関してなにも言わなかった。しかし、兵士たちは女性との距離をせばめた。その女性の顔は濡れていたが、それが雨のためか、あるいは涙のためかはさだかではなかった。 


断崖の端に到達したとき、兵士たちはわずかに後退した。その女性は、自然の猛威から護るために、幼児を抱く腕に力をこめた。張り出した花崗岩の下には、荒れ狂うエーゲ海があった。水泡が岩の上で斑点を作っていた。


好奇心に満ちた一羽の鴎が無礼な鳴き声を上空から投げかけ、空における自分の座席を確保するために風と闘っていた。


王としては偉大であったが人間としては欠けるところのある、ひとりの男が断崖の端に進み出た。かれは転落することを恐れていなかった。ときとして暴君というものは、ほかのあらゆる場合とおなじに、恐怖に関しても無知なのである。アルゴスのアクリシオス王はその種の暴君であった。