退学部卒業

地方大学に5年間在学し、とった単位は50そこそこ。

先週退学の手続きをはじめた。


将来への「ぼんやりとした希望」をいだいて

ぼんやりと生きてきたけど、今は目の前に火急に決断しなきゃいけないことでいっぱい。

今までの怠惰と躊躇に別れを告げる時刻。


そう決めたら「ぼんやりとした希望」というより

「はっきりとした自分」が見えてきた、というかかたちづくられてきた。


まあこれまでの5年間は一種の病気みたいなものだったと思って、

闘病生活で得たものを活かしてやっていこうと思う。


これからの自分の方向を見失わないために過去を振り返る。

となりの芝生の青さに目を奪われず、自分の庭に花を咲かせる。


大学での5年間は無駄にはしない。

多くの人の支えで今まで怠けてこれた。

これほど怠けられるなんて貴重な時間だった。

一人で自分の頭の中だけで考えて苦しんでたこともあった。

それもいい経験だったと思う。


与えられたものに気付かず、独りよがりだった。


いろんなことに気付くのに5年という長い時間がかかった。


とにかく今から始まる生活はまったく新しいことじゃない。

すべては今までの蓄積の上に進んでいく。

これからずっと過去と未来との間を生きていくことには変わりが無いのだ。


巧くやろうとせず、ちゃんとやっていくこと。


そのためにはちゃんと足元の庭を見ていくことだ。

遠くの庭を見て憧れる気持ち、そっちにいきたくなる気持ちは

そう簡単には消えない。一生消えない。

でも、丹精こめてつくった庭を持っていれば、簡単には捨てられなくなるだろう。

揺らがない気持ちはそうやって造られるんじゃないかと思う。


これから私は自分の庭を精一杯愛していこう。

大切な庭を造っていこう。


怠けたり挫けたり、寂しくなったり悲しくなったり

そういうことはかならず起こる。

そういうとき、おかしくなったり逃げ出したりしないように、

常に花が咲いている、そういう庭にしよう。


このブログを偶然目にした人にはどう映るんだろう。

読んでくれたらとても嬉しい。

自分のための日記だけど、誰かがなにか気付くこととか、

思い出すこととか、共感することとかが書けたらすごく嬉しい。

ただぼんやりしていて、退学を考えはじめてる人とかには、

シュミレーション的なものとして読んで欲しい。


そしてじっくり考えて欲しい。


ただの備忘録ではなく、ちゃんと自分なりのメッセージを

送ることができればいいなと思っています。


ではでは。

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芯を見失う 恐怖

おとといのこと


恋人に会いに東京に行った。

私の恋人は東京で就職活動中。

会うのは1ヶ月ぶり。

銀座のビジネスホテルを予約していて、夜の9時頃に二人同時に到着。


私は昼に一旦荷物を置きに来ていたので道を案内しようとするも、少し迷う。

ここでなぜか喧嘩になり、彼は「疲れたから帰る」、とメールをよこして音信不通に。


ここから私はものすごく取り乱してしまい、号泣しながら何度も何度も電話やらメールやらして、

やっとまともに電話に出てもらって10分ほど説得。

2時間後にどうにか戻ってきてもらった。


彼の前で涙を流したのは今まで3年近く一緒にいて、初めてだった。

ほんとにパニックになっていた。

このまま戻ってもらえなかったら頭がおかしくなるんじゃないかと思った。

泣きながら電話して、恥ずかしくて情けなくて、ほんとに嫌だった。

でも、今までのように、「ああそうですか」と逆ギレする余裕なんて無かった。


部屋に二人になってから、しばらく口もきかず、顔もまっすぐ見れなかった。


言いたいこととか相談したいことがいっぱいあるはずなのに。

報告しておきたいことも。


でも、こうなることは行く前から感じていた。

彼も自分のことでいっぱいいっぱいだ。

私と同じように自分のこれからに向けて必死になにかと戦ってる状態にある。

だから、きっと、会ってもうまく会話にはならないだろうと。


曖昧な、甘えのある発言は彼を苛立たせるだろうし、

いい加減な、投げやりな態度では失望される。

だけど不安で怖くていじけている姿は見られたくない。


久しぶりに会えたのに、帰ろうとした彼への怒りとか疑問もあって、

私はもうどうすればいいのかわからなくなっていた。


そのあと、結局なにか話したんだけど、

なにを話したのかあんまり覚えていない。

とにかく「しばらく会わないほうが良いんじゃないか」と言われて、

「私もそう思う」と言った。


本当にそう思った。

自分がすごく依存しているってわかったし、

彼を失うことで全てが壊れてしまうような気分に一瞬でもなったのが、自分でも怖かった。


自分の芯を見失って、彼を芯にして自分を支えていたことに気付いた。


彼にわたしを支えるのは無理だし、わたしもそんな関係にはなりたくない。

このまんま一緒にいたら泥沼になっちゃうと思った。


悲しかったのか悔しかったのか情けなかったのか、

はなしながら何度か、涙がこみ上げてきた。

でも、彼の前で流れた涙はさっき一人で電話越しに流した涙に比べれば

ずっと救いのある涙だった。未来に向けて流れてるんだと思えた。


朝、「ちゃんともっと話したかった」「冷たくしてごめんね」

みたいなことを言われて、別れた。


そのまま地元への電車に乗って帰宅した。


その夜までに何度かメールをやり取りして、電話でも話して、

お互いに大切な存在なんだということは確認できた。


ここも詳しい内容は忘れてしまった。


とにかく私は、

自分の周囲のいろんな人たちに支えてもらって今いるんだけど、

そういう人たち全てを失ったとしても自分を見失わないで

生きていけるような、そんな人生を選択していきたいと思う。


全てを失っても平気で生きていく事なんて無理かもしれないけど、

やっぱり心構えとしてはそれが必要なんだと思う。


一度見失うと、簡単に見つけられるものではないけど、

芯を持ちたい。


堂々と、「今、こうやって生きているのが私の一番の選択だ」

と言えるような選択じゃなきゃいけないと思う。


誰かを失っても、傷つけても、失望されても、

私が強く信じられる自分の中の声に従うのなら、

挫けずにやっていけるんだと思う。


早く、声を聞きだそう。