Addy episode2 終了
今、安堵感と、ちょっとした達成感がある
別に何をしたわけでもないのだけど、
Addyのワンマンライブが決まって、
ほっとしていて、また幸せなのである
Addyの歩みを
かってに区切ってみると
5.20のライブでの
ワンマンライブの告知が
Addy episode2の終わりだと思っている
episode1は
Addy発足から昨年の初ワンマンライブまで
この時期は、自分がまだぜんぜんしらないころ
NAO☆さんの再出発という重要なプロローグから、
メンバーの情熱と熱気で突き進み
アルバム発売とワンマンという、
一つの結実を得て、
ハッピーエンドを迎えた
これがepisode1
KSKさんの加入により、
バリエーションを増やしながら
さらなる上げ潮を目指し出発したのが
episode2
急遽決まった仙台でのライブも
新たな試みの一つであったし、
今年に入ってライブの頻度があがり
ライブでのファンとの一体感が
生まれ育っていった
(このころが私がいっきにはまっていった)
そして、
DJ set という、
まさに新たなAddyの可能性を世に問う
はずだった3月
通常のライブも含めると、怒涛の予定が組まれていた
3/13 3/15 3/16
3/13 3/16参戦予定だった自分は
「いやあ、さらに加速させたな、Addy
これは、新曲や、アルバムや、ワンマンや、その先の
展開も早そうだ。
今しかないぞこれは!
NAO☆さんよかったなあ」
と、喜びながらも、どこまでついていけるかな、
と心配すらしたほどだった
しかし、
そこに未曾有のことが
起きた
3.11大震災
当然のことながら
すべてがふっとんだ
音楽なんてやれる雰囲気でもないし、
何より阪神大震災を経験している
NAO☆さん自身がショックを受けていた
電力事情もどうなるか分からなかった
2001年末 COLOR 事実上の活動終了
2006年 Buzy 解散
5年おきに涙を飲んできた歌姫が
まさかまた5年後の2011年に
歌える場所を無くしてしまうのではないか・・・
とりあえず自分自身が
平静をそれなりに取り戻したとき
このことをめちゃめちゃ心配した
そして4/22ライブが決まった
2ヶ月以上ぶりのライブ
メンバーもNAO☆さんも、そしてオーディエンスも
複雑な思いのなかでのライブだった
ライブ後の
ブログ更新も無かった
このまま、色んなものを引きずって
未来へ突き進もうとする、
あの熱い情熱のようなものが
薄くなってしまっているのだろうか?
焦りを感じた自分は、
ツイッターでブログの更新を
催促してみた
しかし、その反応が無かったとき、
「ああ、思いは届かないのか」
と、勝手に嘆いたりしていた
自分自身も、結局平静でなかったのだ
結果をいうと、NAO☆さんが
「ブログ書いたよ」とツイッターで
私宛に報告してくれた
ブログひとつをかくのにも
ひとことひとことを大事にするNAO☆さん
だから時間がかかっていたし、
ブログを書いたという結果を
ちゃんと残した上で
報告しようとするのは
NAO☆さんの性格を考えれば
すぐわかることである
今思うと、ほんと申し訳ないかぎりである
そしてーー
彼らは歩みを止めなかった
情熱は吹き荒れていた!
「重大告知を5.20のライブ上でします」と!
なんだろう、といろいろな妄想を膨らませながらも
ワンマンだったらいいな
っとずっと思っていた
結果、
ライブのMCで
ワンマンライブの告知がされ
そして、
NAO☆さんからの手渡しでフライヤーを受け取った
そのワンマンはVol.1と記され
今後、Addy主催でいろんなことをやっていくという
このことを知ったときに、
自分の中で、
ああepisode2が終わったと思ったのである
episode3は
NAO☆さん自身の作曲が行われていたり、
Toshiyaさんが戻ってきていたり、
新たな曲が作成されていたりと、
すでにプロローグが始まっている
そして、7,22から
本編が始まる
というわけで、
自分の中で、ほっとしていて、がつがつする気持ちも無く
2ヶ月間があいても、なんだか楽しみに
じっくり待てる気がするのである。
いやあ、長文だった
いつか勝手にドキュメンタリー書こう(笑
別に何をしたわけでもないのだけど、
Addyのワンマンライブが決まって、
ほっとしていて、また幸せなのである
Addyの歩みを
かってに区切ってみると
5.20のライブでの
ワンマンライブの告知が
Addy episode2の終わりだと思っている
episode1は
Addy発足から昨年の初ワンマンライブまで
この時期は、自分がまだぜんぜんしらないころ
NAO☆さんの再出発という重要なプロローグから、
メンバーの情熱と熱気で突き進み
アルバム発売とワンマンという、
一つの結実を得て、
ハッピーエンドを迎えた
これがepisode1
KSKさんの加入により、
バリエーションを増やしながら
さらなる上げ潮を目指し出発したのが
episode2
急遽決まった仙台でのライブも
新たな試みの一つであったし、
今年に入ってライブの頻度があがり
ライブでのファンとの一体感が
生まれ育っていった
(このころが私がいっきにはまっていった)
そして、
DJ set という、
まさに新たなAddyの可能性を世に問う
はずだった3月
通常のライブも含めると、怒涛の予定が組まれていた
3/13 3/15 3/16
3/13 3/16参戦予定だった自分は
「いやあ、さらに加速させたな、Addy
これは、新曲や、アルバムや、ワンマンや、その先の
展開も早そうだ。
今しかないぞこれは!
NAO☆さんよかったなあ」
と、喜びながらも、どこまでついていけるかな、
と心配すらしたほどだった
しかし、
そこに未曾有のことが
起きた
3.11大震災
当然のことながら
すべてがふっとんだ
音楽なんてやれる雰囲気でもないし、
何より阪神大震災を経験している
NAO☆さん自身がショックを受けていた
電力事情もどうなるか分からなかった
2001年末 COLOR 事実上の活動終了
2006年 Buzy 解散
5年おきに涙を飲んできた歌姫が
まさかまた5年後の2011年に
歌える場所を無くしてしまうのではないか・・・
とりあえず自分自身が
平静をそれなりに取り戻したとき
このことをめちゃめちゃ心配した
そして4/22ライブが決まった
2ヶ月以上ぶりのライブ
メンバーもNAO☆さんも、そしてオーディエンスも
複雑な思いのなかでのライブだった
ライブ後の
ブログ更新も無かった
このまま、色んなものを引きずって
未来へ突き進もうとする、
あの熱い情熱のようなものが
薄くなってしまっているのだろうか?
焦りを感じた自分は、
ツイッターでブログの更新を
催促してみた
しかし、その反応が無かったとき、
「ああ、思いは届かないのか」
と、勝手に嘆いたりしていた
自分自身も、結局平静でなかったのだ
結果をいうと、NAO☆さんが
「ブログ書いたよ」とツイッターで
私宛に報告してくれた
ブログひとつをかくのにも
ひとことひとことを大事にするNAO☆さん
だから時間がかかっていたし、
ブログを書いたという結果を
ちゃんと残した上で
報告しようとするのは
NAO☆さんの性格を考えれば
すぐわかることである
今思うと、ほんと申し訳ないかぎりである
そしてーー
彼らは歩みを止めなかった
情熱は吹き荒れていた!
「重大告知を5.20のライブ上でします」と!
なんだろう、といろいろな妄想を膨らませながらも
ワンマンだったらいいな
っとずっと思っていた
結果、
ライブのMCで
ワンマンライブの告知がされ
そして、
NAO☆さんからの手渡しでフライヤーを受け取った
そのワンマンはVol.1と記され
今後、Addy主催でいろんなことをやっていくという
このことを知ったときに、
自分の中で、
ああepisode2が終わったと思ったのである
episode3は
NAO☆さん自身の作曲が行われていたり、
Toshiyaさんが戻ってきていたり、
新たな曲が作成されていたりと、
すでにプロローグが始まっている
そして、7,22から
本編が始まる
というわけで、
自分の中で、ほっとしていて、がつがつする気持ちも無く
2ヶ月間があいても、なんだか楽しみに
じっくり待てる気がするのである。
いやあ、長文だった
いつか勝手にドキュメンタリー書こう(笑