皆様、こんばんわ~
すっごい寒いですね、寒いですけど続きを書きます~

え~と・・・倉庫要員を辞めた後から始めます。

その、倉庫に出入りしていた運送屋のお兄さんと仲がよかったので、何となく流れで運送屋で働く事となりまして、大きなトラックで配送をしていました。

しかし!突然、内装材を扱う会社に派遣していた運送要員が辞めてしまいまして、一番新入りだった僕が急遽、補欠要員として派遣されていきました。

特に日々、変わる事も無く毎日が過ぎていました、特に不満も無く給料も悪くなかったので働いていました。

しかし、ここで事件がおきました。

結婚をしようと思っていたのですが、彼女の父親と自分の母親から「運送屋では駄目だ」と言われました。
特に偏見も無かったのですが、娘の行く末が心配だったのだと思います。

そこで、建築内装材を扱っていた会社での配送要員でしたので、内装業に転職を決意しました。

ここで、同じ配送要員をしていた年配の方からの言葉が忘れられません。

「僕らは配送要員をしていて、もうこの年で他の事は出来ないので仕方が無いが、君みたいな若い者は色々とチャレンジしていかないといけない、配送要員はいつでも出来る!!」って言われまして。

職人という厳しい世界に足を踏み入れる事となりました。

その時の言葉を覚えていますので、今でもどんなに失敗してもやる事は有る!!って頭の片隅にいています。

何でもやる気になれば生活を止める事はないのでチャレンジをする事が大事だと思います。

次は厳しい世界の職人について書きます。

つづく
こんにちわ

早速、読者になって頂いた方がいてとてもうれしく思います。

昨日の続きを書きたいと思います。
山奥にアルバイトに行きましたが、期間限定でしたので約半年ほどで家に帰って来ました。
その後、しばらくは仕事が見つからずフラフラしていましたが、家の近くで倉庫要員として働き始めました。
地方にあるのですが、業界ナンバーワンの企業でした(まあ、よく聞きますね、業界が狭すぎていちばんだとか)
そこで、倉庫要員としてリフトに乗ったりして毎日を過ごしていましたが、「このままでは駄目だ!!」って突然思いました。
その時、少し不景気になってきていて会社が人員整理をしていました。
いわゆる・・・首切りです。
僕は幸いそのメンバーに入っていなかったのですが、仲の良かった人が対象になっていました。

なぜ?って会社に詰め寄りもしましたし、色々な話もしました。
しかし、首切りは行われました。

その頃からですかね、僕の性格が冷酷化しまして大人の皆様が知っている(良いのか悪いのかは別として)割り切りを勉強しました。

いまでも時よりその性格が顔を出します。

自分の仲間以外は・・・ふ~んって感じです。

あ・・・でも、町中で困っている人を見つけると直ぐに手を差し伸べますけど、利害関係の無い人にはとても優しいですよ。

仕事上で嫌いな人に対しては自分でも怖いくらい冷酷化します。

若い頃の体験は大人になっても残りますね。

つぎは、辞めてしまった倉庫要員の続きを書きます。

では
こんにちわ

昨日から始めたのですが、たくさんの方々に訪問頂いて有り難う御座います。
とても感謝しています。

つづきです。

勤めていた会社が倒産した所までお話をさせて頂きましたが、少しバックします。
倒産ときにとても良い体験をしました(そこの社長が見ていると怒られるかも・・・)
資金繰りに行き図まり、お金を工面する為に社長のクレジットカードを持って走りまくったり、未入金の取り立てを行ったりと・・・色々しました。
給料も未払いがあり、その時の社長の顔は今でも忘れません。
会社を運営していくには本当にお金が大事なのだと若いながらも痛感しました。

その後、する事もなくしばらくフラフラしていました・・・(今なら無理ですけど)
そのまま、山奥のスキー場へ住み込みのアルバイトも経験しました。
あ・・・ここでも良い言葉を耳にしました。いまでも覚えていますし、役に立っています。
そのアルバイトの時、先輩が飲みに連れて行ってくれたのですが、帰り道で先輩が一言そっと言いました。
「今日は、飲みに連れて行った。先輩や上司に飲みに連れて行ってもらった時、次の日は病気であろうが台風がきていようが這ってでも仕事に出てくるのだよ!!、それが飲みに連れて行ってくれた人への礼儀だから」って・・・
そのときはふわ~って聞いていましたが、大人になってからその重要性に気づいています。
この先輩から言われた言葉は今の今迄1度たりとも破った事は有りません。

会社を起業して特に増えましたが、接待をした次の日は特に注意をしています。

皆さんもの見に行く時は次の日に注意してくださいね、大人ですから(笑)

ではまた

皆様、初めまして。

僕は、37歳でわがまま自由に生きて来て、現在は生きるため(生活するため?・幸せになるため?)に日々、自分の気持ちと現実に立ち向かい奮闘しています。

気ままにブログに書いていきたいと思いますので、暇な時にでも読んで頂き、皆様の気分転換になればと思います。

まずは、自己紹介から始めたいと思います。

時代は遡り、中学時代に同級生が受験に奮闘する為に、塾へ通う中、塾にも行かず大して勉強もせず中の下といった成績で、中の下といった高校へいきまして、たいして長続きもせずアルバイト(飲食店)に明け暮れて、流れるように職を点々とし、現在迄に10社近く転職を行いましたが、直近まで当時とあまり変わらない生活を送っていました。
しかし、最近会社を立ち上げ奮闘をしています。

この、長い人生で色々と考え、色々と体験し、今後はどのように生活をしていくのか?を考えブログを書き込んでいきたいと思います。

その1
アルバイトをしていましたが、不慮の事故で指を切ってしまい「包丁を持つのが怖い」などと言い訳をして退職、今考えるとただ単なる逃げ口実だったような気がします。
何らかの言い訳をつけてやめる事を考えていたのだと思います。
飲食店を退職後、営業マンとしてサラリーマンを始めるも、1年程で倒産しました。
こちらも考えると、営業マンなのに商品を販売した事はほとんど有りませんでした。(いわゆる自分の給料以下の売上です)
それは倒産しますよね
とても若い時代だったのですが、まだ、バブル後期でしたので、周りの大人達が色々と教えてくれました。
研修も無い会社でしたので、今考えるとあたりまえの事なんですが、この年になっても出来ていない人をたくさん見かけますので、体験をさせて頂いた事に感謝しています。

たとえば・・・
名刺は両手で渡し、御客様より先に受け取らない。
スーツは身の丈にあった物を着用し、シングルスーツである事(今は当たり前ですが、当時は私服でダブルスーツが流行った物で)
席に座ったときの席順
などなど

本当にありがたっかとおもいます。