「頭がいい」って。
今日、お仕事中。とある手続きに来ていたお客さんの会話に耳を傾けていたら、こんな会話が聞こえてきた。「……だからね、面倒だけど、これはやらないと駄目だし、あなたが分かってないと駄目なんだからね?」「いや、でも分からんしさー。俺慣れてないし、こういうお堅い手続きとかさー」「でも自分のことでしょ?」「お前が分かってたらいいやん。頭いいんやし」PCの陰から覗いてみたら、おそらく50代の夫婦で、へらへらとした夫に対して、奥さんは眉間に皺を寄せつつ、書類に目を落としていた。きっと、今までずっと「頭いいんやし」で通ってきたんだろう。そう思うと少し気の毒に思えた。実のところ、こういった会話は初めてではない。むしろ、一週間に数度聞く。数人連れで、大抵一人が真剣に聞いて、他がへらへらとおしゃべりしている。話を聞いている人は多くの場合、自分の手続きで来ている訳じゃない。誰かの代理とか、そういうことの方が多いのです。そういう人たちの様子を見ていると、面倒見がいい、というのは本当に損だと思ってしまう。面倒見がいい人は、大抵面倒ごとを率先してやってしまうし、その働きに対しての恩恵は想像以上に少ない。極めつけには「頭いいんだからやってよ」の止め。自分にも経験がない話じゃない。だから、最近はなるべく関わらないように馬鹿の振りをしていることが増えてきた。性格が悪いとも思うけれど、自分なりの処世術なのです。今日来ていたお客さんは、結局奥さんがすべて受け答えをし、明日、書類の提出に来るそう。話を聞く限り、旦那さんは無職らしいのだが、明日は来ないのだそうだ。「こういうのは、頭いいやつがやった方がすぐに終わるんだよ」けらけら笑う旦那さんに少しだけ呆れた。あんたの用事でしょうが。つくづく、「頭がいい」と言われる路線から外れてよかった、と。外れたことで、少し寂しくなったけど、それでもよかった、と。なんとなく、眺めていて思った夕暮れ時でした。