妊娠が分かった当時Yと同棲していた。
私はOLとして働きYは夜の仕事をしていた。
Yとの結婚も考えたがYははっきりしない。
そのまま月日だけが流れた。
初めての妊娠。嬉しい反面とても不安だった。でも、この命だけは絶対に守る!!そう心に決めていた。
私はツワリで仕事に行くのも辛くなり退職。
それと同時に実家へ戻った。
両親に妊娠してる事も話シングルマザーになる了承も得た。
それでもYとの関係も続いていて親戚の家に連れて行かれた。
だが、私には知られたくない話があるらしく別室で待たされた。
後にその話の意味を知ることになる。
そのまま妊娠期間は流れ平成12年を迎えた。
元旦には1人で初日の出を見に出かけ、2日にはYや友人と初詣に少し階段が多いお寺に出かけた。
3日には母と一緒に親戚の家へお年始へ…
当時の私はお腹の張りも実感がなく知らず知らずのうちに無理して負担をかけてた。
その日の夕方 親戚の家から帰る途中にお腹が痛み始めた。
まだ予定日まで25日以上まであるのに…
家に帰って少し休んだが痛みが治まることはなく周期的な痛みが襲ってくる。
病院に連絡し、その日の夜に入院する事になった。
不安だらけの入院…母が付き添ってくれた。
痛みが来るものの微弱陣痛でお産は進まず辛い夜を過ごした。
翌日の主治医の診察で このままだと進まないから人工破水させることになった。
処置後 徐々に痛みが増し今まで経験した事がないような激痛に襲われた。
陣痛の間隔に合わせて分娩室に歩いて移動。
痛みから逃れたくて必死で呼吸方をした。
ドクターと助産師に言われるまま呼吸でいきみ逃しして力むことなく無事に可愛い赤ちゃんが生まれた。
2508㌘ 45㌢の可愛いらしい男の子。
愛しくて可愛くてたまらなかった。
36週3日で早産だったけど2500㌘を越えてたため保育器には入らなかった。
だが途中で体温が下がってしまう時があり湯タンポで温める必要があった。
黄疸も強くて光線療法を受けた。
他の赤ちゃんよりも泣き声がか細くて寝てる時も息をしてるか不安だった。
出産後 母がYに連絡し、YとYの両親が病院に面会に来た。
そしてYの先輩とやらもお祝いを持って来てくれた。
この時はまだYの先輩がどういう人か知らなかった。
色々と不安はあったが通常の入院期間だけで母子同時に退院し実家で赤ちゃんとの生活が始まった。
それからYが実家へ通うようになり数日後に衝撃の事実を知ることとなる。