昔、ある学者がこんな実験をしました。
5匹の猿を飼育し、餌として色んな果物を与えます。
リンゴ・ミカン・バナナ…
猿たちはそれぞれ果物に手を伸ばしますが、バナナを取った時だけ人間に叩かれます。
バナナを取る→叩かれる
これを繰り返していると、バナナを食べようとする猿はいなくなります。
その後、5匹いる猿のうち1匹を出して、代わりに新しい猿を1匹入れます。
もちろんこの新しい猿は叩かれることは知らないので、バナナを取ろうとします。
すると、前からいる4匹が新入りの猿を叩き始めました。
ここで初めて新入りは「バナナを取ってはいけない」と学ぶのです。
どんどん猿を入れ替えていっても、同じようにバナナを触ろうとする新入りは他の猿に叩かれます。
これを10回20回と繰り返していくと
猿たちはみんなバナナを避けるようになります。
一番初めにいた猿は「バナナを取ると人間に叩かれる」ことを知っています。
しかし、それ以降の猿は「どうしてバナナを取ってはいけないのか」は知りません。
しかし確実に「バナナを取ってはいけない」というルールが出来上がっています。
理由が分からないまま猿たちはそのルールに従って生活をします。
これ、人間社会にもありますよね。
ルールとか伝統とか。
何故かは分からないけど守っているもの。
さて、新しい学校で自己紹介をしたとき、ちょっとびっくりしました。
学生たちに「年齢」を聞かれなかったからです。
確実に聞かれると思っていましたが、何故か聞かれませんでした。
私に興味がないのかな?と思いましたが、そうではなかったみたいです。
学生曰く「若い女の先生に、年齢に関する質問はしちゃいけないんです」と。
前からいる先生たちが禁止しているわけではありません。
きっと叩かれた猿のように
昔々、若い女の先生に年齢を聞いて痛い目にあった学生がいるんでしょう。
ルールや伝統とは、後輩を思う先輩たちの愛で作られているのではないでしょうか。
意味がないように見えても、守る価値があるのかもしれません。
というわけで、新しい学校で新しいルールを作ります。
「ツカサ先生は永遠の19歳」
後輩や外部の人に聞かれたらこう答える、というルール。
厚かましいとか言わないの
欧米系の人相手ならもうちょっと多くサバ読んでもいいくらいなんだぜ。

