ブログを更新せずにいたあいだ、強い希死念慮に襲われてしまい、地元にある自殺スポットとしても有名なとある公園の大きな池で入水しようとした。
が、結局未遂に終わり、その日の昼、通院先の精神科病院に入院した。
あのとき、本気で死にたかった。だが、死んだが最後、文章を書けなくなるというお決まりのブレーキが作動して、結局死ねなかった。死ぬつもりがないのではなく、死の間際にそれが作動してしまい、自殺がいつも未遂に終わるのだ。
そしてその日の昼。通院先の精神科に行き、入院の手続きを済ませてからそこに任意入院した。主治医は理統の自殺衝動を否定せずに、理統の話をうんうんとただ静かに聞いてくれていた。
その後、手配された入院病棟に看護師さんと移動した。そこにやってきて真っ先におもったことは、「介護施設ばりに綺麗な病棟だな」だった。とにかく清潔感のある入院病棟で、以前通院していた病院の入院病棟以上に居心地のいい場所なのである。
ここでなら病気が快方へと向かうかもしれない、とこころから思えた。看護師や主治医をきちんと頼り、皆さんのブログにも目を通しながら、傷ついたこころを癒やしてゆこうと思った。
ところで、理統を追いつめたものの正体とは、将来に対するゴールのない不安と、堅実なライフプランを立てたところで、それが果たして自分の望み通りにゆくのか、とのいやあな思考だった。治験バイトにしたって、最適な求人があるのかどうか分からない。
こうした不安が脳内で一方的に肥大化してゆき、もう死ぬしかないとの思考に囚われたその末、気づいたそのときには公園に向かっていた。
あのとき、もし死んでいたら――。
公園から帰還して、病院に入院したいま。ベッドで横になってこれを書きつつ、そうした「もし」をやはり考えずにはいられない。
入院して1日目。理統がまずなにを始めたかというと、南条あやの日記の文章を読むことだった。
社会の荒波に揉まれ、大人としての経験をある程度積んだ。だからこそ、南条あやの文章には別にもう救いを求めなくてもよくなったな、と思えるまでに強くなったはずだった。けども、いざその文章を読むと、10代の頃の感性に戻ってそれを読んでしまうよわい自分がいる。
10代の頃の自分は南条にとにかく憧れていた。彼女と同じ薬のデパスやハルシオンなどが処方されるたびに1人「わーい!」と喜び、ロフトで彼女と同じボールペンまで買ったりもした。
が、この歳になると、そうした10代の頃にのみ許されていた若さならではの娯楽的な読解が影を潜め、南条の家の資金が一度きりの入院で底をついてしまった事情はいったいなぜなのかなど、社会学的な側面からの高度な読解を要求されているのを感じないではいられない。
高額医療費制度や民間保険など。医療費を補填するための制度は昔からきちんと存在する。そして、高額医療費制度を活用すれば、自己負担額の上限額を超えた場合にその超過分が払い戻しされる。
加えて、民間保険に加入していれば、入院給付金によって一定の補填を受けられる場合もある。だからこそ、入院したことで家計が立ち行かなくなったとの記述が読み手である理統に強い違和感を抱かせたのだ。
それはさておき、南条の日記を読むたび、貧困という名の暴力の構造はいったいどこから生じるのか、というのをとにかく考えさせられてしまう。
貧困だが、これは単に金のない状態を指すのではなく、医療、教育、情報や人間関係といったさまざまな資源へのアクセスが極めて制限された状態でもある。そのため、貧困から抜け出そうにも、その努力を支えるための土台が不安定なのだ。
南条あやの日記を読む限り、死の間際の日記に影を落としていた要素は貧困への恐怖やアイデンティティの喪失など、さまざまな要因が絡み合った複雑なものであったように見受けられる。ライターとして食べていける確証を誰かが彼女に与えていたならば彼女自身、生きてゆくための自信を持てたのではなかろうか。
そしていま、理統自身、抑うつ傾向にあるからかアメブロに課金するやる気が湧かず、無課金プランでブログを書いている。しばらく広告がわずらしい状態で大変ご迷惑をおかけしますが、なにとぞよろしくお願いします。