題名の言葉ってよく聞くよね(´・ω・`)



先日、小岩で行われたフォーリーブスメンバー北公次さんのお通夜に参列させて頂きました。
62歳と言う若すぎる逝去。


自分が思っていた以上に感じるものがたくさんあって、なんかショックを受けたかな。



フォーリーブスは
。1967年4月1日に結成されたジャニーズ事務所所属の四人組ユニットです。



私もあまり深くはしらないんだけど、
お母さんが小学校のころから
ずっと応援していたグループです。

うちのお母さんは、
お母さんが二歳の時にお母さんのお父さん(私にとってのおじいちゃん)を
亡くして、
福岡の田舎の方だし、おばあちゃんは
それまで、働いたこともなかったから
すごく家は貧しくて。

コンサートに頻繁に行ける余裕なんかなくて。



一年間でもらったお小遣いやお年玉を
使わずに貯めて
一年間に一回会えるのがすごく楽しみだったんだって。



それだけ好きだったってことなのかな。


大人になってからも
時間が合えばコンサートに行ったり、
イベントに連れて行ってくれたりしたな。


お母さんの部屋からは大抵夜になると
昔のフォーリーブスのCDが聴こえてきたりした(笑)




私が中学生の時、
お母さんの担当だった『青山孝史』さんが肝臓癌で亡くなって、
お母さんは毎日毎日泣いてて
昔のDVDやCDをずっと見返してた。



テレビでちょっとでもフォーリーブスの音楽が流れるとまた号泣。



お母さんと青山さんは
何故か知らないけど縁があって
知り合いにだったから
私もお葬式の手伝いをさせてもらって。


あのときはただぼんやりと過ごしていた気がする。


だけど、高校生になって
メンバーであった北さんも
青山さんと同じ肝臓癌で亡くなって
なんかすごく寂しかった。


青山さんのお葬式の時に
送り出してた人が、送り出される立場になっちゃったんだなって。



うちのお母さんは
担当以外まったく興味のない性格だったんだけど
やっぱりメンバーだもんね。

すごく寂しそう。


棺の側に立っている人数がどんどんと減っていくなんて
信じたくない。



こんな縁起の悪い話するのもどうかとおもうんだけど、
いつか、もし死ぬまで知念くんのことを
応援し続けていたら
いつか送り出す日が来るんだもんね。



お通夜にきていた
お母さんの友人の北さんファンの人に泣きながら言われた言葉。

『辛くても、結婚しても、
ずっと死ぬまで応援してあげてね。
途中でやめちゃだめよ。』


ちょうど、ヲタ卒しようかとか
このままでいいのかとか
考えてた時期だったから凄く考えさせられたかな。




あの会場で泣き崩れていたファンの方は
小学時代も中学時代も高校時代も
大人になってからも
ずっとフォーリーブスと共に
生きてきたんだろうね。



私もずっと死ぬまでずっと応援していきたいな。






クローバーフォーリーブスの皆さん。

4枚(フォー)の葉(リーブス)が
二枚散ってしまいましたが、
多くの人に充分幸せを与えてきて
素敵な最期だったと子供ながら思います。




一緒に写真を撮るイベント時、
まだ子供だった私に優しく話しかけてくれたこと、覚えています。



コンサートでの
赤、青、黄色、緑の紐を使ったブルドックも。



趣味も、なにもない母の唯一の
楽しみがフォーリーブスでした。





たくさんの笑顔をありがとうございました。




おりもさん、江木さん、
青山さん北さんの分まで長生きしてください。




北さん、ご冥福をお祈りします。






りと