私は子どもの頃から母親に
『落ち着きがない』
『じっとしてられない』
『注意力が散漫』
と、言われ続けておりました!笑
そんな自分はダメな自分だ。と思い
なるべく大人しく過ごそうと思って
体がじっとしていると、注意が別のことに向き
抑えよう、抑えようと思っても、
それを矯正すべき努力をたくさんしてきたけれども
人が矯正したいようには振る舞えず、
やっぱり私は落ち着きがなくて、じっとしていられないダメなやつなんだ。と思っていました。
思い返してみれば、子どもの頃から
矯正、矯正の日々で
姿勢、言動、お金の使い方、部屋での過ごし方。
本当ーーーーにいろいろなことを注意されてきたことを思い出します!笑
最近のお気に入り♡エレガンスのお粉♡自分の好きなようにお金を使っていたら、それも子供の頃ものすごく怒られていました。大人になってからも自分の好きなものにお金を使うと、いつもものすごい罪悪感に襲われていたんです!笑 引き寄せの法則を知る前は、なぜ自分がこんなに不快な気持ちになるのか全然分からず苦しかったです。もちろん、一つ一つ丁寧に向き合って、今はそれは手放しました♡
それでも、高校卒業してから親元を早々に離れ
結構自由に生きていたのですが
結婚したのがきっかけで、また自分を矯正する思考になってしまったように思います。
世間的な、結婚生活のイメージが
結婚生活の正解だと思っていた私は
私のじっとしていられない性格とがかみ合わず、
自分を抑えて結婚生活を成り立たせるようにしていました。
結婚したら、じっとしていないといけない。
結婚したら、落ち着いていないといけない。
結婚したら、自分だけがぴょんぴょん飛び跳ねてはいけない。
と思っていました。
本当の自分はもっと軽やかで
ぴょんぴょん跳ねているようなエネルギーなのに
そんな自分ではいけない。
どっしり落ち着いて母親としての役割を果たさなきゃ!と思っておりました。
でも、結婚しても別に軽やかな自分でよかったことに気がついたんです^^
生まれてからずーっと落ち着きがない。
と言われてきましたが
落ち着きがなくて、じっとしていられなくても
別に良かったんだ!と気がつきました!
落ち着きがないとなんで困るか?というと
集団生活が送れない、周りと調和できない、
お行儀が悪い。
ということだと思うのですが
集団生活が送れない、周りと調和できない、お行儀が悪い。と
なんで困るか?というと
統制をとって調和を図りたい人たちにとっては、
迷惑がかかるからなんですね。
統制をとって、調和を図りたい人たちに
迷惑をかけたら何が困るか?というと
関係性が悪くなって、そこにいられなくなる。
ということなんですね。
そこにいられなくなったら、
そこに属せなくなったら何が困るか?というと
仲間はずれになる。ということです。
*属してない=仲間はずれ。も思い込み。
仲間はずれになったら何が困るか?というと
寂しい気持ちになって、孤独になって
かわいそうな人生を送る。という怖さがあるからです。
*孤独=かわいそうな人生というのも思いこみ
孤独になってかわいそうな人生を送ったら、
何が困るか?というと
人生が暗く楽しくない不幸な人生になる。
ということです。
ということは???
本当に嫌なことは、
寂しくて暗い不幸な人生を送ることを避けたいだけなはず。
つまり、
楽しくて、愛に溢れていて、幸せな人生を送っていたい。というのが本当の願いのはず。
今の自分を矯正しないといけない。というのは
矯正しないと幸せに生きられない。
という条件を信じているから起きること。
仮に、落ち着いてじっとしていられたとしても
自分を矯正することに成功したとしても
気持ちは楽しくないわけです。
自分を矯正することに成功した。
事実としてはただそれだけで、=幸せ。とは
結びつかないのです。
全く関係ない。
でも、自分を矯正すること=幸せ。
と勘違いしていたら
頑張って自分を矯正します。
でも、落ち着きがない私が、
頑張って落ち着くことができたところで
幸せが訪れるか?というとそれはまた別の問題なのです。
だって、フォーカスは
孤独になって、寂しくかわいそうで不幸な人生を送らないようにすること。だからです。
楽しくて、愛に溢れた人生を送ることへのフォーカスをしていないから。
・孤独にならないように。不幸な人生にならないように。と気をつけているのと
・幸せに生きる。ことを意識しているのでは、
人生で起きてくる結果は全く別のものになります。
この二つは似ているようで、全然違う。
今までは、自分を頑張って矯正して不幸な人生にならないように、恥ずかしい人生を送らないように。とフォーカスしていましたが
これからは、幸せに楽しく生きることにフォーカスすることにしました♡
そしたら、
私は落ち着いていられなくて、
じっとできなかったのではなくて
いろいろなことに興味があって、
毎日が楽しくて仕方なくて、心が踊っていた。
ただそれだけだったのです。
*落ち着いてなくても、幸せに生きてるなら、矯正しないと手に入らないと思っていたものはもう既にあったわけです。
じっとしていられない、
注意力が散漫なダメな人ではなくて
いろいろなことに意欲的に興味を持って取り組み、
生きることを心の底から楽しんでいる人。
だったのです。
私の欠点だと思い、親に注意され、
自分でも否定し続けて
矯正しなくてはいけない。と思っていた
その一面こそが
私の素晴らしい一面でした。
落ち着きがなくてもいい。
じっとしていられなくてもいい。
自分の人生に対するフォーカスを
望まない方に向けていることに気がついて
望む方へと変えるだけ。
欠点など、矯正すべきことなど
私たちには何もない♡
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