今月でブログを始めて一年です。
無精者の私がちょっと凄いかもしれ
ません。
寛解ゼロ年期間は誰かに何かを伝えたいという発想すらなく、
我が子の一挙一動を注視し、体調の変化を見逃さないよう全神経を集中させていました。
寛解一年を迎え、
主治医から一番大きな山を越えた労いを頂いて。
そこで改めて今を生きる我が子の命の意味を思い、私に何か出来ることはないのだろうか?
と考えるようになりました。
無い頭を絞り、まず始めたのが
同じ院内で四肢の切断手術を受けなければならないお子さんがいたら、うちの事例を紹介してもらう事。
ご家族の希望があれば(私で良ければ)お話を聞かせて頂くよう、お取り計らい頂く事でした。
そして、我が子の切断手術の事例を論文にまとめたいという外科看護師の皆さんに協力させて頂きました。
ひとつずつ小さな行動を起こしていく中、次第に同じ病気と闘う方達に何かできる事はないだろうかという気持ちになりました。
自分たちが闘いの最中にいた時は
本当に情報がなくて、
一緒に闘う仲間も見つけられませんでした。
治ったという子はおろか、順調に治療が進んでますというお話も見つけられず。
他の方達がどんな薬を使って治療をしているのかも何もかも分からなくて。
調べれば調べるほど
ただただ絶望を色濃くするだけに終わっていました。
そんな時に出会えたのが
(何度も当ブログで書いた)
我が家の希望の光となったお子さん達ご家族だったんです。
何度でも書いてしまいますが
この出会いが救いとなり、
私は絶望に負けず立ち向かう力を得ました。
命を懸けた勝負のようだった治療。
我が家を待ち受ける運命は紙一重でどうなっていたか分かりません。
悪性ラブドイド腫瘍は生存率が低い病気です。(数字なんて我が子の命の前ではくそくらえ!〔下品ですみません〕なんですが。)
悲しい形で闘病を終える方も多いというのが、悔しいながら事実でもあります。
だからブログという形で発信してみようか…と決意はしても、始めるまでかなりの葛藤がありました。
初投稿した文章はかなり前から考えていたものですが、それをブログにのせて踏み出す勇気がありませんでした。
簡単に声を上げて良いものなのだろうか、声を上げることはどんな結果をもたらすのだろうか。
誰かを悲しませたり、不快にさせたりしないだろうか。
ずっと悩んでいました。
半年くらい悩んだ末、1年前にやっと踏み出した第一歩。
私は無力で
闘病の軌跡と、いまを生きる我が子の姿を綴る事しか出来ません。
今も悩みや葛藤は尽きませんが…。
誰かを悲しませたり苦しませてしまうくらいなら、ブログはやめようと考えていますが…。
我が子の生き様が
私が出会えたあのご家族のように、
誰かの救いや力になれたら。
おこがましいことこの上ないけど、そんな願いを込めてブログを書いています。