先日、脳神経のMRIを受けてきました。
足の痺れに対する検査です。
造影なしで特筆することもなく終わりました。
「あのうるささはもう嫌だ」と、愚痴はこぼしてたっけ。
検査室では轟音対策で好きな音楽を流してくれるんだけど、
かき消されてしまうのであまり意味が無いそうです。
この検査結果は来週の外来で聞きます。
とても心配なのですが、
同じくらい心配なことがあります。
なにやら、いま学校でのお友達関係に悩みがあるようで…。
自分の居場所はどこなのだろう?
自分の気持ちを少しでもわかってくれる
お友達は誰なんだろう?
…といった思いを抱えているようです。
小学校に上がったあたりから気になっていたのですが、
どこかで孤独を感じている様子でした。
それでも目一杯学校生活を楽しんでいたようなので、
一部のマイナス面として捉えていました。
3年生になり、成長とともにお友達との人間関係にも変化が出てきて
いろいろ思うところがあったんでしょうね。
本人の性格がまず大きく関係していると思いますが、
身体の事も少なからずあると思います。
先生とも相談はしていましたが、
誰かと喧嘩したとか、勉強についていけないとかではないので、
解決方法はそう簡単に見つかりません。
注意深く様子見、ばかりでした。
でも、昨日は入眠しにくくなるくらい思い悩んでいて、
もう自分のこと以上に苦しいです。
ひたすら我が子の思いを聞き、
たくさんの言葉を投げかけました。
悩みが消えたわけではないけど、
とりあえずは少しだけ気持ちが楽になったようで
ようやく寝てくれました。
生きていると、
そんなつもりがなくても
気がつけばどんどん欲張ってしまいます。
生きていられるだけで凄いのに。
それだけでどんなに有難いかを
嫌というほど経験してきたのに。
気づけばいつの間にか色々と上を見て、
さらには望むようになってしまって。
小児がんが見つかったあの頃は、
幼稚園生活での普遍的な悩みや希望が、
全て吹っ飛びました。
そんなことはどうでも良いから、
ただあの子を生きさせて下さいって。
私の寿命を与えますから
どうかあの子を生かしてくださいって。
勉強なんかできなくて良い。
誰も友達がいなくて孤独になってしまっても構わない、
私が一生そばにいる。
生きていてくれるならなんでも受け入れますと。
それなのに今は全く矛盾しています。
今を生きているのだから、
それに応じた欲がでるのは当然の事かもしれません。
でも私の場合ほんっとに矛盾してて、自分で自分が腹立たしい。
絶対あの頃の自分にも怒られます。
なにクヨクヨしてんだ!
我が子が生きてるだけでどれだけ素晴らしい事か分かってるでしょ?
早くなんとかしてやれ!
何でもできるはずだ!と。
でも、子供の人間関係って本当に難しくて苦しい。
どうすべきか、なにが得策か、
まだよく分からないけど、
いつもどこかに感じられる孤独感を取り払い
我が子が親友と呼べる友を得られるよう、
安心できる居場所を見つけられるよう、
縁の下から懸命に力を送らねばと思います。