今更ながら、試験中の話をしますメモ
私は昔から(高校生の頃から)家では集中できない・集中力があるのは17~24時ぐらいという人間で、試験前は週末は塾の自習室か図書館にこもっていました本


一応、実家から佐賀に引っ越してきた際に。机(テーブル)は持ってきたのですが、青いテーブルなので、和室に合わなのと部屋が狭くなるという理由で、未だに押入れに入ったままですガーン それで、学校の課題も、家ではなく、病院でしていました。


ちなみに今回の試験のときは、20~21日、26~27日と週末は、学校の自習室で勉強し、学校そばの同級生宅に泊まり、平日は、3時間ぐらいファミレスで勉強して家に帰るという生活を送っていました。28日は出勤し、夕方にそのまま学校へ(徹夜で)泊まり込むつもりでいました。

しかし、私と同じことを考えていた徹夜組は私と同世代の「ヘビーゲーマートリオ」でした…彼らは普段から1日最低5時間以上オンラインゲームをしているそうで(1人は働いているけど、他の2人は無職だし…)、同級生の中でムードーメーカー的存在の3人組だけど、彼らは一番勉強していないんですよね。彼らに勉強を教える代わりに、お菓子をもらったりしていました。あと、眠気覚ましのためにコーヒーを700ml飲んだので、試験当日はものすごい吐き気に襲われ、フラフラでしたショック!

ちなみに、この3人組の中に、私と同じ歳の子(♂)がいるのですが、実は、北大時代の友人(♂)の友達が、彼でした。

北大時代の友人は、長崎出身で、私とは同じ九州出身ということで、そこそこ仲良くしていました。2年生の前期が終了し、2ヵ月後、後期が始まったときには彼はいませんでした。学校側からは

「心臓発作で亡くなった」

という発表で、19歳の子が心臓発作で亡くなるわけないじゃんむかっと思っていました。

私自身、教授からのいじめでかなり精神的に追い詰められていたし、他にも何人かそういう人がいたので、彼も知らないうちに教授に追い詰められて、自殺したんじゃないか!?、だから「心臓発作」というわけのわからない発表だったのだろう…と恨みを持って生きてきました。


8年後の今、彼の死の真相を知ることになるとは思いもよりませんでした。

彼の病名は「急性白血病」でした。

今の学校の同級生の子は、彼とは高校の部活での友人でした。

彼の死を知り、葬式に参列したかったが、彼のお母さんが、

「悪いけど、同世代の元気な男の子たちを見るのは辛い」

ということで、彼の友人たちの葬式の参列を拒否されたそうです。

だから、北大の同級生たちも詳しいことを知らなかったのです。


世の中、狭いですね…ナゾの人

学校の試験(7月29日実施)、何とか終わりましたニコニコ

31日は、1つ上の学年の修士論文の中間発表でしたが、休みを取りづらい社会人メンバーは無理に参加しなくていいということだったので、私は参加しませんでしたメモ


正式には31日で前期授業は終了し、県外出身組は31日夕方か8月1日に実家に帰省していきます。彼らは福岡には1ヶ月半ぐらい帰ってこないようです。

前期授業が終わり、私はまた佐賀でひとりになってしまい、軽い鬱状態に陥っていますしょぼん


病院では残念ながら、友達はできないし、学校も週1回しか行かない上に、同世代の女の子が全くいないこともあって、仲良くなり始めた頃に前期授業が終了してしまった感じです。(私の学年で昭和50年代生まれの女子は私だけ。逆に男子は昭和50年代生まれが7人。同性だとすぐに仲良くなれるかもしれないけど、男友達は時間がかかりますし…)


私には8~9月の計画が全くないので(職場はお盆休みもないし、MSW協会の研修会もないし)、当直(17~22時)業務のローテーションを前倒しに交替してもらって、8~9月前半の土日にまとめてして、10~12月はなるべく入らないようにしようと画策中です。8~9月の休日のスケジュール帳は真っ白だし…(^^;) 悲しい~しょぼん


甲子園野球に、北京オリンピック走る人柔道にとテレビっ子になるしかないですね~シラー