私は1997年に、とても大きなお家に生まれた。

 

豪邸といってもいいくらい大きなお家。

 

 

庭には池があり、ジャングルジムやブランコも。

家の中は、自転車で走り回るくらい。

 

毎日15時には、母の手作りのおやつ。

夕方祖父が返ってくると、必ずお土産がある。

私の好きなおもちゃやフルーツ。

 

お買い物に行けば、欲しいものは絶対買ってもらえる。

欲しいものはなんでも手に入るんだって、勘違いしてたよね。

 

 

 

5歳までこの家で暮らしたんだけど、華麗なる生活から地獄に転落。

今思えばそうでもないけどね。天と地の差ってくらい。

一般家庭よりも貧乏なだけ。

 

 

 

 

 

あ、私の家族構成ね。

 

上から順番に紹介するわ。

 

曾祖母、祖父、祖母、母、父、姉、私、妹。

 

 

私はおじいちゃんとおばあちゃんに育ててもらったの。

本当に愛してくれて、大切に育てくれた。

 

ひいばあちゃんは、だんだん認知症がひどくなるけど、大正生まれのひいおばあちゃんっ子の私は、多くを学んだわ。戦時中や急速に変わる日本の戦後。

多くのショックを生の声から聴いた。

 

母と父は仲が悪くて、両親と兄弟で出かけることは少なかったかな。

これも原因があるんだけどね。

ゆっくり話してくね。

 

姉とは5つ離れて、妹は3つ下。

よくいまだに喧嘩もするけど、絶対に裏切らない強い姉妹愛で結ばれてる。

 

 

 

いつも笑顔で、何不自由ない生活からの転落。

 

 

 

 

 

 

初めまして、りさです。

 

私、小さいころから、隠しごとの多い子でした。

誰にも言えないことが多くありました。

 

一人でよく悩んでいました。

 

中学生時代は不登校で、何か月も引きこもりなんてこともありました。

親に言われ高校に進学したけど、1年で留年しました。

学校に行きたくなかったもん。

 

 

どこへはけ口が欲しい私。

 

ここを私の人生や思い、赤裸々に語る場所にします。

 

 

 

かつては、自殺未遂もしたことのある私ですが、21歳になった今、まだ生きています。

当時は居場所もなく、死にたくて、死にたくて、生きていることが苦痛でした。

 

今、幼少期の自分が思い描いていた私ではないけど、毎日笑っています。

普通じゃないけど。

まだ、たまに「死んだら楽なのにな」なんてことも思ったりします。

夢見てるくせに、死にたいって、今思えば、矛盾。

夢見るのは、うつ病脱却したいからかな。

 

 

でも生きています。

幸せや嫌なことと一緒に。

孤独だけど。

 

 

今、人生のどん底を感じている人いるなら、なんとなーく見てってください。

 

 

こんな私でも生きてますよ。

何を言われようが、嫌われようが、夢見ながら生きてますよ。

だって、実現しなくても、夢がないと生きれないから。

一生、夢見る見る子ちゃんでいいもん。

 

 

 

 

 

過去からすべて書いちゃいます。

今現状まで来たら、毎日の出来事書こうかな。