私たち夫婦は猫村1パパ今は埼玉に住んでいますが、実家は北海道なのです。


したがって近くに親戚はいません。


入院準備ももちろん自分でしなくてはならないのです。(当たり前ですか?G


そして、今考えるとありえないな~って思うのですが・・・


パパ「昨日、休んじゃったから今日は絶対休めない!」


猫村1「オイ!」


入院の荷物を持ち、電車に乗って一人で入院しに行きました。


病院に着いてすぐに先生と手術に事についてお話をしました。


抗がん剤治療か、腹腔鏡なのか開腹手術なのか。


抗がん剤は選択肢にはありませんでした。


話し合いの結果、開腹手術をする事に。


すると先生が、今日ってご飯食べた?今日手術室空いてるんだ、今日手術しちゃおう!って。


心の準備が出来ていませんでした。


そして直ぐに手術を受けることにしました。


 つづく





夕方、仕事を終えて夫が帰宅しました。

(夫には子宮外妊娠の事、大学病院へ行くことはメールで伝えてありました)


大丈夫?と私の様子を見に来ましたが申し訳ない気持ちから直ぐに夫を見ることができませんでした。


夫は私の事が心配だと言い、赤ちゃんの事には何も言いませんでした。


本当は夫も泣きたい気持ちのはずです。


あんなに喜んでくれたのに、ゴメンネ・・・


翌朝、夫に付き添ってもらい大学病院へ行きました。


やはり大学病院なので混んでるのは覚悟はしていたもの4時間ほど待たされ診察室に呼ばれました。


先生は、多分子宮外妊娠だと思うけど、エコーで確認しましょうと言い診察台に上がりました。


結果はやはり左卵管に子宮外妊娠していました。


エコー写真を見せてもらい自分でも確認しました。


その時、最初で最後の赤ちゃんのと対面でした。(まだ赤ちゃんではないかな?)


どこも痛くないんだよね?じゃあ本当に痛くなさそうだし多分破裂とかはまだ大丈夫だから、明日入院しに来て来て下さい!


と言われその日の診察は終わりました。


私の身体は出血や痛みなど少しも感じていませんでした。


入院に必要な物を買いに行き帰宅しました。


 つづく





陽性反応がでて、嬉しくて嬉しくて・・・ニコー

眠れない一夜を過ごしました。


次の日、まだまだ早いと思いつつも病院へ!


やっぱりまだ4週とちょっとだったので胎嚢は見えませんでした。

一週間後にまた来てくださいと言う事でその日は帰宅。


それから二週間病院へ何度も通うも、胎嚢が見えないのです。


いつになったら・・・・不安な毎日を過ごしました。


6週目に入った頃、嫌な予感が的中してしまいました。


先生にこんなに胎嚢が見えてこないのはやはり子宮外妊娠だと思います。

左側の卵管に、はっきりは分かりませんが胎嚢らしき物があります。

紹介状を書きますので明日にでも大学病院に行ってください。


と、言われました。目の前が真っ暗になりました。


待合室で紹介状を待っている間、お会計を待っている間、涙がとまりませんでした。


駐車場へ戻り車の中で母親に電話をして声を出して泣きました。


泣きながら帰宅し、夫が仕事から帰る夕方まで布団の中で泣いていました。


涙がとまらず泣く事しか出来ませんでした。


 つづく




突然ですが、子宮外妊娠のコトも書いておこうと思いマス。。。。


(長くなりそうなので何回かに分けて書こうと思います)


27歳の誕生日、お祝いに夫と焼肉に行きました。


もともと大食いな私ですが(笑)その日は夫にパパ「お前、よく食うな!妊娠してる
んじゃないのか?」


と言われ、私猫村1「まさか~ないない(冷静に)」(この頃は友人の妊娠ラッシュと結婚3年目にして妊娠出来ない事を悲観的に思い


もう私は一生妊娠出来ないんだ。


子供は諦めて夫とふたりで楽しく生きていこう。


とどこか妊娠については諦めていた時期でした。)


食事が終わり帰宅後、夫の言葉が少しだけ気になり、軽い気持ちで1本だけあった


妊娠検査薬を使ってみました。


すると直ぐに判定ラインに陽性反応が!驚きと嬉しさで手が震えました。


嬉しさのあまり急いで夫に報告をしました。


すると夫の反応は、驚きながら、パパ「俺もとうとうパパになるのかー!」

と私のお腹に顔を寄せ本当に喜んでくれました。


あの時の夫の様子は今でも目に焼きついていて忘れられません。


その時、私は嬉しさと、信じられない気持ちでいっぱいでした。


つづく・・・