高市早苗首相は17日の衆院内閣委員会で、インテリジェンス(情報収集・分析)の司令塔機能を担う「国家情報会議」創設法案を巡り、「政府の政策に反対するデモや集会に参加していることのみを理由として、『普通の市民』が調査対象になることは想定し難い」と述べた。中道改革連合の長妻昭氏への答弁。
長妻氏は各省庁に情報提供を求める権限が与えられる「国家情報局」などが、政権の都合に合わせて政治利用される危険性を指摘。首相は「スキャンダルについて、マスコミや野党の追及をかわす目的だけで情報活動を行うことは現在も想定していないし、今後も行わない」と強調した。
法案は首相を議長とする国家情報会議を創設するほか、内閣官房の内閣情報調査室を国家情報局に格上げする。「スパイ防止」を目的とした新たな調査権限などは盛り込まれず、政府・与党は法案成立後に防止のあり方などについて検討を進める方針だ。
与党は22日の内閣委で法案を採決した後、23日の本会議で衆院を通過させる構え。野党は個人情報やプライバシーの保護、政治的中立性などに関する配慮を定める付帯決議を求めている。
解散表明会見の質疑応答で・・(一部切り抜きです)
質問 立憲民主党と公明党の衆院議員が合流して新党中道改革連合を結党し本日、綱領と基本政策を発表しました。中道を掲げ右傾化する日本への危機感を表明しています。そうした主張や政策をどう受け止め、また選挙戦ではどのような論戦をしたいと考えているのか伺います。
高市氏 私達は責任ある積極財政、危機管理投資を肝とした強い経済の実現、具体的な経済政策を掲げてそれを問う解散総選挙でもございます
国民の皆様の命と暮らしを守るのは国の究極の使命でありますから、外交安全保障政策も極めて重要です。決して右傾化などではなく普通の国になるだけだと私は考えています。
普通の市民、普通の国。
“普通の人(?)”がそれをいうのはいいかもしれないが、政治家であり、まして首相がそういう表現をするのは非常に危険だと私は思う。
普通なるものの定義など簡単に変えられる。
なにも批判しない、抵抗しない、デモにも参加しない、黙っていうことを聞く、そういう市民が「普通」だといわれたらどうする。
あるいは税金を納めているのが普通、税金を納めないのは普通じゃない、とか。
健康で勤勉に働くのが普通、病気で働くことができないと普通じゃない、とか。
いくらでも言えるだろう「普通」とやらの定義など。
いつだって、子供のころから私たちは「普通」に縛られて生きてきた。
そして国のかたちまでが変えられる。
軍隊があって、徴兵制があって、武器をどんどん他国に輸出し、同盟国のために兵隊を派遣する「軍事国家」が普通の国なのか。
話は少し違うが、例えば私たちの多くが『「夫婦同姓」を強いている国は日本だけだ、世界の国々は夫婦別姓か選択的夫婦別姓である、それが普通だ、日本も普通の国になろう』と言ったら、どこかから、「日本には日本の伝統がある」と明治時代に始まった歴史の浅い夫婦同姓という制度を頑なに変えたくない勢力の声が上がるだろう。
そして、海外がそうだからといって日本が真似をする必要はない!と突っぱねる。
すべての国民および日本に居住する外国人にも基本的人権が憲法で保障されている。
その義務は国にあるのに、国がその義務を怠り、蔑ろにしようとしているのだ。
もう一度いわせてください。
権力者が「普通の市民」「普通の国」などという言葉を使うのは、危険な兆候なのです。
けして使ってはならない言葉です。
さらっと聞き流していてはなりません。

