2019年10月6日トルコ軍がシリア北部へと侵攻しました。
空爆のみならず、陸軍を派遣するという大規模な作戦が展開されています。
これを理解には鍵となる集団つまり、クルド人とISIS、シリアを理解しなければなりません。
1. クルド人
クルド人はトルコに1,000万人以上、イラン、イラクにそれぞれ500万人ほど、シリアにも数百万人単位で暮らしていると言われ、世界全体では、3,000万人ほどいるのではないかと言われる「民族」です。
民族、としか言えなかったのは、彼らは自分の国がありません。イラクの人口がクルド人を含めても3,500万人ほどしかいないことを考えると、その規模の大きさに驚かされます。
それ故、クルド人は世界最大の少数民族と言われます。日本では埼玉県蕨市にコミュニティがあり、ワラベスタン(わらび+スタン(国の意味))の異名を持ちます。
※クルド人の知人が居ますが、彼は全くおとなしいふつうの人です。
そのような状況に置かれたクルド人は、常に独立意識が高く、イラクでは強い自治権を与えられています。またトルコではクルディスタン労働者党(トルコ語:Kürdistan İşçi Partisi')が独立を主張しテロを行った過去があります。
暴力が容認できませんが、他方でそこまでクルド人が追い詰められいる、とも考えることができます。こういう感覚は非常に難しいです。私もそうした感情を完全には理解できていません。感じることはできますが。
2. ISIS
2019年現在では大きく「領土」ないし占領地域を減らしたいISISですが、今現在でもシリアには残っています。
特にイラク北部からシリアにかけて、勢力を広げたISISは、単なるテロ組織の範疇を超え、国家の体裁を取ろうとしていたほどでした。
その行動が中東地域の安定を破壊し、世界の耳目を集めました。
とりわけ、世界最大の軍事力を保有・展開しているアメリカの対処が注目されました。イラクのISISに対しては、米軍自ら対処し、またイラク国内のクルド人が奮闘し、一時期は首都陥落まで噂されていたISISの勢力を一掃しました。勿論、その渦中で、イラクのアラブ人も義勇兵となり、自ら戦争の中へ突き進みました。私ごとばかりで恐縮ですが、私の知人の中にも大学を休学し義勇兵になった少なからず人物がいます。またその中で、戦死のニュースを受け取ることもありました。深く哀悼の意を捧げます。
話を元に戻すと、アメリカはシリアでの共闘相手を探すのに苦労していました。というのも、シリアの政権はアサドが握っており、アサド政権はアメリカが敵対視している(と言わざるをえない)イランと親密な関係にあるからです。
しかしながら、よく調査をしないで支援すると、アフガニスタンの二の舞になります。
アフガニスタンについては末尾を参照してください。
そこで、一定の勢力があり、ISISの防波堤になるだけの対抗心があり、かつ思想が明確であるクルド人に目をつけました。
2018年以降アメリカはクルド人に対して、武器弾薬を支援しました。それにより、シリア北部のクルド人地域でISISの攻勢は止まり、膠着状態となりました。
3. シリア
シリアは本来、交易で栄えたダマスカスなどがある美しい国ですが、その内情は非常に複雑です。
交易、即ち人との物が集まる地域では、民族も多民族化する可能性があります。
そうしたバランスを上手く保つには、ある程度「帝国」の様相を持たなければ難しいです。つまり、強力な中央政府の統制ないし、各民族の不満を上手く吸い上げる、ないし、民族を超えて国民としての一体感を持つしかありません。
が、残念ながら現在のシリアは内戦状態にあり、少数のシーア派勢力が多数のスンナ派と少数民族にあたるキリスト教徒を支配しています(少数支配の原則に基づけば、これは不可思議な現象ではありませんが、「民主主義」とは相反する様相になっています)。
例えば、イラクのフサイン政権の場合、やはりクルド人という少数民族が居ますが、その強力な「抑圧政策」により意見を封じ込め、国内の治安を「安定」させていました。
しかしながら、アサド政権はそこまでの強力な支配を敷かなかった為に、国民の不満が内戦という悲劇を引き起こしました。政権側についたのは、前述のイラン、ロシア、反体制派を支持したのはアメリカです。ヨーロッパ諸国は主だった行動ができず、トルコはクルド人さえ勢力を伸ばさなければどうでもいい、(と受け止められても仕方がないような)姿勢をとりました。
それどころか、エルドアン政権はISISに対し特別なパイプがあり、フランス人がISISに拉致された際にはフランス政府が交渉代理人としてトルコを指名し、かつ全員奪還したほどです。ISISを支援しているのはエルドアン政権ではないか、という噂が流れるほどでした。
いずれにせよ、シリアはアメリカ、ロシア、イランの代理戦争の場に成り果てました。そこにISISという駒が加えられたことで、内戦はアサド政権vs反体制派vsISISvsクルド人という複雑な様相になりました。
これでパズルのピースは揃いました。
ISISの勢力が削がれたことで、安堵したのか、トランプ政権は10月5日にアメリカ軍をシリアから撤退させました。しかしシリア国内のクルド人は、ISISから「国土」を回復させてことで、勢力を広げました。
クルド人が単に憎いのか、それとも国内のテロリストと繋がりがあるからか、原因は不明ですが、トルコはこれを機に10月6日シリアへ侵攻しました。侵攻と言っても、クルド人だけを目的にしていることはエルドアン政権の発表から明らかです。
これ以前にも、ISIS掃討作戦を展開していたアメリカ+クルド人とトルコ軍が一触即発になり、軍事境界線の引き直しをトルコ軍がアメリカ軍に迫ったこともあります。
トランプ政権としては、シリアから撤退すれば、トルコがどのような行動に出るか全く先が読めないというのは分かっていた(分かっていてしかるべき)ことだとは思いますが、トルコがシリア侵攻を開始すると、トルコに対し経済制裁を科すという行動に出ました。
しかしながら、私見を言えば、トルコのシリア侵攻はありえた可能性の1つにすぎません。
最も驚いたのは、クルド人が敵対していたアサド政権と共闘体制に入ったことです。
勿論、自分たちの土地と生命を守るには、敵でありえるかもしれないアサドと手を組むしかありません。目前に迫るのはトルコの地上軍なので。
クルド人がアメリカに裏切られたと感じるのも無理ありません。
またトルコとしても、同盟国であったはずのアメリカが敵対視しているクルド人を支援していたのは看過できない事実であったとも思います。
結果として、アメリカは一生懸命支援したはずのクルド人勢力を敵対視しているイランと親密な関係にあるアサド政権にみすみす渡した、ということになります。
これから先を見通すのは非常に難しいです。
アメリカンファーストを掲げるトランプ政権が、問題を解決できるとも思えないし、その姿勢も残念ながら見られません。
ひとしきりトルコ軍が暴れた後で、撤退するというというのが一番あり得そうなストーリーです。
その後、アサド政権はクルド人にそれなりの自治権を与える約束をした上で反体制派の掃討作戦に招き入れるということが考えられます。
勿論、イランとロシアはアサド政権を支持します。
そうなるとヨーロッパは人道的支援が精一杯でしょう。
中東地域...を考えると非常に壊れやすいバランスの中にあるのがよく分かります。ですから、悪者を1つに決めつけることができないのです。全てが正義で全てが悪、そういった中で力ある者が支配している、そう考えなくてはならないと思います。力ある者がいない時は、混乱が生まれるだけです。そういう中にアメリカがいうような「民主主義」システムを押し付けることは愚の骨頂としか言いようがありません。
それはイラクで学んだはずです。
少数民族について
私自身、少数民族の妻を持ち、非常に辛いと思うことがほぼ毎日あります。
私は妻を愛していますし、本当に私のような人間と結婚してくれて、終生共に伴侶でいることを誓ってくれている妻には感謝しかありません。
しかしやはり、それでも国がない、という妻の気持ちはまだ完全には理解できていません。理屈では理解できますが。
その国、もっと言えば、街、もっと言えば家族の側に居るために、ビザの延長をしなければならない。何故か大学に行く資格がない。ふつうに話していた人が出自を告げた次の瞬間軽蔑の目で見る。それは非常に辛いことで、文章で表すことができません。この辺りで筆を置くことに致します。