魔神☆はフォアローゼズを一口含み、味を確かめるように喉に流し込んだ


眉間にシワを寄せ、何かを考えているような魔神☆に鵺は声を掛けるでもなく、ただ眺めていた


魔神☆はチェイサーのコロナを手に取り、瓶の口に挿してあるライムを瓶の中に押し込み、一気に飲み干した


鵺は冷蔵庫からコロナを出し栓を抜き、瓶の口にライムを添え、魔神☆の前に差し出した


『さっきの男、どー思う?』


魔神☆は差し出されたコロナを手に取りながら鵺に聞いた


『あの方、とてもお兄様にご執心のようね。女のワタシがジェラシーを感じるほどだわ』


鵺はガラムをくわえ、Zippoで火を点けた




その頃
カリギュラはジャニスに電話をかけていた


『やはり断られたか…』


『ええ…申し訳ありません…私の力不足でした』


『で、お前はどう感じたんだ?』


『予想通りと言いますか、やはり自ら歩み寄り仕えるような凡人ではないと…』


『フッ、凡人じゃないか…お前も面白い事を言うな』


『代表、魔神☆さんから伝言があります』


『ほぉ…』


『オレが欲しいなら自分で来いと…』


『ハッハッハッ、流石だな。bloodの代表のオレに向かってその物言いとはな。で、魔神☆は今どこにいるんだ?』


カリギュラはカシミールの場所を説明した


『わかった。今から魔神☆に会いに行く』


『では、その旨を魔神☆さんにお伝えします』


『いや…お前はそのまま消えろ』


『しかし、代表がこちらに着く前に魔神☆さんが帰ってしまうかもしれませんし』


『そうならそれまでだ。初めから縁がなかったって事だ。カリギュラ、オレを迎えにも来るなよ』


『わかりました…』


そう言い、カリギュラは納得のいかないまま携帯を閉じた





ジャニスは黒い革のコートを羽織り、blood本部を後にした


くわえたセブンスターの煙の向こうにネオンの光に照らされる人の流れを見ながら歩いていた


田舎者の集まり、東京…


誰もが夢を持ってこの街に集まって来る


そのうちの何人が夢を現実にするのだろうか?


そんなどうでもいい事を考えながらジャニスのブーツは人の流れに逆らうように裏通りへと向かっていた


人通りのない路地にカシミールのネオンサインを見つけた






ここか…



ジャニスはカシミールの扉を開けた



運命という扉があるのなら…




鵺は路地を歩き始め、人影を探した


外の空気は肌寒く、秋の終わりを感じさせた


もうすぐ冬が来るのね…


そんな事を考えながら歩いていると
建物と建物の間にスーツ姿にオールバックの男を見つけた


男はタバコをくわえ、火をつけようとしていた


『あの、ちょっといいかしら?』


鵺は声をかけた
すると男はタバコに火をつける事なく、鵺を見た


『魔神☆さんのお知り合いの方?』


鵺はそう言いながら、自分のZippoを手に取り、火を灯した


男は鵺に差し出された火でタバコをつけた


煙を吐き出し、一呼吸置いて男は口を開いた


『魔神☆さんと知り合いと言えば知り合いなのですが、一度しかお話ししてませんので知り合いのうちに入るかどうか…』


男はそう言い、タバコを吸い込んだ


『魔神☆お兄様がアタシの店でアナタをお待ちしてますわ』


『え…私がここにいる事を魔神☆さんはお気づきなのですか?』


『ええ、それでアナタを呼んで来いと言われたのよ』


『わかりました』


男は驚きながらも嬉しそうな顔をしているように鵺には見えた


そして二人はカシミールに向かった


『アナタ、BLOODの方?』


鵺は歩きながら聞いた


『はい。BLOODのカリギュラと申します』

『ヤクザでも言葉遣いをちゃんとしてらっしゃるのね』


『ヤクザもいろいろなんですよ』


『ふーん…』


二人はカシミールの前まで来た
鵺は扉に手をかけながら言った


『BLOODが魔神☆お兄様に危害を加えるような事があったら、アタシが許しません事よ』


鵺は笑顔でそう言い、扉を開けた


中に入るとカウンターに座る魔神☆の背中が見えた


魔神☆は振り返る事なく、右手を軽く挙げた


鵺は魔神☆の隣の席の椅子引き、カリギュラに言った


『いらっしゃいませ』


カリギュラは軽く会釈をし、椅子に腰掛けた


『やっぱりアンタだったか。』


『すみません…尾行するような真似をしてしまい申し訳ありません』


『別にいいさ、気にしちゃいない。で、オレに何か用があるんだろ?』


カリギュラは魔神☆にそう言われ、全てを見透かされていると感じた


『正直に申し上げます。魔神☆さん、BLOODで働いて頂けませんか。お願い致します』


カリギュラはそう言うと、カウンターに両手をつき、カウンターに額がつくほど頭を下げた


『オイオイ、オレにヤクザになれってか?アンタらが何を考えてるか知らねーけど、オレはヤクザになる気はねーよ。申し訳ねーな』


カリギュラは頭を下げたまま言った


『魔神☆さん、貴方はこの国を変える事が出来る方だと私は思っております。ですからどうしてもBLOODに貴方のお力をお貸し頂きたい、そう思っております、お願い致します』


『それはアンタの意見だろ?』


『今のは私の意見であり、私の本心ですがジャニス代表も貴方を欲しがっております』


『とりあえず、頭を上げてくれよ』


魔神☆はそう言ったが、カリギュラは頭を下げたままだった


『なあカリギュラさん、代表に伝えてくれるかな?オレが欲しいならテメーが来いってな』


『わかりました。必ずお伝え致します』


そう言うとカリギュラは頭を上げ、席から立ち上がった
そして魔神☆と鵺に深々と頭を下げ、出入り口の扉に向かった


カリギュラは扉の前でもう一度頭を下げ表に出て行った
『兄貴、表に怪しい男が…』


アクセルも何かを感じたのだろう


『ほぉ…オマエも気がついたか』


『え…兄貴も知ってたんですか?』


『ああ、ここに来る間ずっとつけられてた』


アクセルは呆れた顔をしていた


『つけられてたって…兄貴なに考えてんすか!BLOODから狙われてんすよ!BLOODの奴だったらどーするんすか!』


魔神☆は苦笑いしながら言った


『オマエはホント、女みてーにピーピーピーピーうっせーな、どーするもこーするもその時に考えりゃいいだろーが』


アクセルは開いた口が塞がらなかった


『アクセルちゃん、きっとお兄様にはちゃんと考えがあるのよ、だから大丈夫よ』


鵺はアクセルを落ち着かせるかのように優しい笑顔で言った


『ん?考えなんて別にねーよ』


魔神☆はそう言いながら愉快そうに笑っていた


『アクセル、無駄にデカい男がそんなとこに立ってるとウゼーからとりあえず座れや』


アクセルは黙って魔神☆の隣りに座った


『アクセル、オマエ最近姉さんに会ったか?』


『いえ…ネーチャンが苦労してやっと入れてくれた大学を勝手に辞めて、ネーチャンのとこ飛び出してからは一度も…』


『そっか…噂で聞いたが、銀座でクラブのママしてるらしいな』


『なんかそうみたいですね』


『明日一緒に行くぞ。んで、ちゃんと謝れ。オレも謝りたいからよ』


『え、でも兄貴が謝る必要が…』


『許してくれるかどーかはわからねー…いや、許してもらおうなんて虫のいい事を考えちゃいけねーな。でも、自分の気持ちはちゃんと伝えねーとな。』


『兄貴…』


『アクセルちゃん、お姉さん心配してるわよ、きっと。元気な顔を見せてあげなさいね』


『じゃ決まりな。明日電話するからよ。』

『わかりました』


『よし、じゃ今日はオマエ帰れ』


『は?兄貴、意味わかんないっす』


『ちょっと用事を思い出したから、とりあえずオマエは帰れ』


『そんな!表にはBLOODの奴かもしれない男がいるのに帰れるわけないじゃないっすか!』


『オマエ…兄貴分に口答えとはいい度胸してんな』


『兄貴分て…え!オレを舎弟にしてくれるっすか!?』


『そーゆー事だ。わかったんならさっさと帰れ』


『しかし表の男は…』


『ありゃオレの知り合いだ。心配いらねーよ』


魔神☆はアクセルを宥め、無理矢理納得させた


『兄貴、なんかあったらすぐに電話下さい』


アクセルはそう言い残し、カシミールを出た


魔神☆はフォアローゼスを一気に飲み干した


『鵺…頼みがあるんだが聞いてくれるか?』


『あら、お兄様がアタシにお願い事なんて珍しいわね。お兄様の子供を産む自信ならあるわよ』


そう言いながらフォアローゼスを注いだ


『いや、そーじゃねーよ(爆)』


『あら違うの?残念だわ(笑)』


『表の男、多分オールバックに上等なスーツを着てると思うんだが』


『その方の子供を産むのはイヤだわ(笑)』


『いや、だからそーじゃねーって(爆)』


『その方をここに連れてくればいいのね?』


『ああ、頼む』


鵺は扉を開け、表に出た
通りに人影は無かった


鵺は向こうの通りまで出てみようと路地をゆっくりと歩き始めた
『鵺、久しぶりだな。』


魔神☆はそう言いながら扉を閉じた


『一年ぶりくらいかしら。お兄様もお元気そうでなによりですわ。』


鵺は魔神☆をカウンターへ促した


『兄貴、久しぶりっすね』


子供の頃と変わらない笑顔でアクセルは言った


『そーだな。ところで表のハーレー、オマエのか?』


『そーっすよ。ファットボーイ、カッコイイでしょ?』


『カッコイイでしょじゃねーよ。そこに止めてたら路地を歩く人様の邪魔になるだろーがボケ!子供じゃねーんだから少しは気を遣えってんだアホ!』


『あ…すんません。止め直してきます』


アクセルは席を立ち、出入り口へ向かおうとした


『アクセル、ちょっと待った』


『どーしたっすか?』


『裏から行け』


『え?あ、わかりました』


アクセルは訳もわからず、裏の勝手口から外へ出た


そのやり取りを鵺は微笑みながら聞いていた
そしてフォアローゼスブラックが注がれたショットグラスを差し出した


『お兄様。あんな言い方したらアクセルちゃんが可哀想だわ』


『鵺…』


『はい。』


『オレ、後悔してんだよ…アイツにこんなドブネズミみてーな生き方しか教えられなくてよ…』


『一生懸命に生きているならドブネズミでもアタシはカッコイイと思うわ』


『アイツ、オレに言ったんだよ…早く大人になりてーって、早く稼いでネーチャン楽させてーって…思い上がった事を言ってんじゃねーよって思う反面、アイツの気持ちもよくわかってた…だからアイツにはいろんな事を叩き込んだ…おかげでアイツはカタギに戻れねードブネズミになっちまった…思い上がってたのはオレの方だった…アイツのネーチャンに合わせる顔がねーよ』

『全ての事に理由があって、全てが必然なんでしょ?いつもお兄様が言っていた言葉よ。忘れちゃった?』


鵺は悪戯に笑顔を見せた


魔神☆は鵺の言葉に言い訳すら出来ずにいた


『アクセルちゃんはお兄様を慕って、お兄様の力になる事を望んでるわ。全ての事に理由があって、全てが必然ならアクセルちゃんがドブネズミのような生き方を選ぶ事は運命以外の何物でもないと思うけど。』


そして鵺はまた笑顔を見せた


『運命か…』


魔神☆は呟きながらフォアローゼスを一気に飲み干した


鵺は空になったグラスにフォアローゼスを注いだ


そこにアクセルが戻って来た


魔神☆はRX-7をコインパーキングに駐車し携帯を取り出した


プップップップップ


プルルルル プルルルル


『もっしー、オメー今どこよ』


『兄貴、オレは待ちくたびれましたよ。今カシミールです』


『カシミール…鵺の所か…』


『ハイ、兄貴がオレを始め飲みに連れてってくれた思い出の場所です』


『なにが思い出の場所だバカ、女みてーな事を言ってんじゃねーよ』


『鵺さんも待ってますから、早く来て下さいよ』


『わかった、あと10分待ってろ。』


そう言って魔神☆は携帯を閉じた





鵺か…久しぶりだな…


魔神☆はラッキーストライクをくわえた


アクセル





今夜はなにか起こりそうだな…


そんな事を思いながらラッキーストライクに火を付け歩き出した





歩き慣れた渋谷の街
そして
久しぶりに歩く渋谷の街


感傷に浸る訳ではない
ただ、いろんな事があった街を懐かしく思いながら煙を吐き出した


と、その時
魔神☆はある事に気が付いた





ツケラレテイル





どうする…とりあえず様子をみるか…


魔神☆はそのままカシミールへ向かった


カシミールへ向かう途中、立ち止まったり細い路地に入ってはみたが、つけられている感は消える事がないまま、カシミールに到着した





進化し続ける街、渋谷
そんな街の中で時間が止まっているかのような路地にカシミールがある


辺りの風景、知らない誰かが嘔吐している呻き声


そして
カシミールの看板と入り口のドア





全然変わってねーな…





魔神☆はそのドアを開いた


兄貴!おせーっすよ!


お兄様、いらっしゃい。久しぶりね





聞き覚えのある声が、やけに心地よかった

魔神☆はアクセルとの電話を終え、車に乗り込んだ




サバンナRX-7カブリオレ




キュルルルルルーン




ガボォーーーーン




13Bに火が入るとロータリーエンジン特有のなんとも言えない音を奏でた



パチンパチン




天板のロックを外し屋根開閉のスイッチを手前に捻った




ウイーーーーン




天井がゆっくりと開き始め、そこには薄汚れた星空が広がった




キュキュキュブォーーーーーン




タイヤを鳴らしながらセブンは渋谷を目指した




横浜駅東口を左手に見ながら魔神☆は昔の事を思い出していた








『アクセル、鼻血出てるぞ。今日もいじめっ子にやられたのか?』


『うん…でもね、今日は魔神☆兄ちゃんに言われた通り、一番威張ってる奴の顔をぶん殴ったよ!』


血を袖で拭きながら嬉しそうに話すガキの頃のアクセルの顔が忘れられなかった


『やられるのは仕方ねーけど、やられっぱなしじゃカッコわりーもんな。』


『うん!やられてもやられても、絶対負けないよ!そして魔神☆兄ちゃんみたいに誰にも負けない強い男になるよ!』


『オイオイ!ちょっと待て!別にケンカに強くなる必要なんかねーんだぞ。ケンカなんか負けたっていーんだ!自分がどーしたいのか、自分がどーなりたいのか、それに向かって努力出来る人間が強い奴なんだぞ』


アクセルは不思議そうな顔をしながら言った


『魔神☆兄ちゃんの言う事は、難しくてオレにはよくわかんないよ』


『んー…アクセルがもー少し大きくなったらわかるんじゃねーかな。』





ハイウェイ灯のオレンジ色がボンネットの上をいくつも通り過ぎて行った








プルルルル



プルルルル




アクセルは魔神☆に電話を掛けてみた

どうせ出ないだろうと思いながら…





プルルルル





『もっしー、アクセル久しぶりじゃん、どーした?』





思いがけず魔神☆が電話に出た事に少し驚いた





『兄貴久しぶりっす、元気してましたか?』




『元気してましたか?じゃねーよアホ!オレ様の言う事も聞かねーでよー!未だにフラフラしてるらしーじゃねーか!拾った命を粗末にしねーで全うに生きようとは思わねーのかよ、このアンポンタンが』



『すんません兄貴、そこんとこはどうしても譲れません、兄貴に助けてもらったこの命、兄貴の為に使わせてください』



『うるせーよボケ、その《兄貴》っての止めてくれねーか?オレはオメーの兄貴分でもなきゃーなんでもねーだろ』



『そこんとこも譲れません、そんな事より兄貴、最近BLOODと揉めてんですか?』



『あん?BLOOD?あー、まぁ揉めたっつーか…ちょっとあってな、恨みは買っちまったかもな、それがどーした?』



『BLOODの輝から殺しの依頼がありました』



『ほぉ…で、いくらで受けたんだ?』



『は?そんな仕事受ける訳ないじゃないっすか!』



『ちっ…なんで受けねーんだよ?』



『兄貴がターゲットで受けられないっす』



『だからオメーはダメなんだよ、その甘さが命取りになるって事がどーしてわかんねーのかなー』



『すんません…』



『久しぶりに飯でも行くか?』



『マジっすか?兄貴は今どこっすか?』



『横浜だ、オメーはどこよ?』



『今、渋谷っす』



『んじゃ今から渋谷に向かうわ、行くとこ決めとけよ』



『わかりました』





アクセルは携帯を閉じた













都内某病院




『魔神☆のヤロー、絶対にブッ殺してやる…例の殺し屋はどうなってんだ?』



輝はそう言いながら撃たれた脚を摩っていた



『殺し屋は只今こちらに向かっているようで、間もなく到着との事です』



輝付きの若衆がそう答えると輝はサイドテーブルに手を伸ばし、へネシーが注がれたグラスを取り、それを一気に飲み干した



クラッシャーアイスだけになったグラスをサイドテーブルに置くと、若衆がヘネシーを注いだ




コンコン



『客人がお見えになりました』



ドアの向こうの護衛から殺し屋の到着を告げられた



『よし、通せ』




ドアがゆっくりと開くと細身で長身の男が軽く会釈をしながら部屋に入った




『アンタがアクセル さんかい?』



輝は男を嘗め回すように見た



『ええ、はじめまして、アンタがBLOODの輝さんですか?』



『ああ』



『天下のBLOODの、しかもNO2の輝さんがオレみたいなチンピラに何の御用でしょうか?』



アクセルはそう言いながらハイライトに火を点けた



『アンタの腕を見込んで一つ殺しを頼みたいんだが』



『ほぉ…関東一の組織のアンタ等だ、オレなんかより腕の達やつが部下の中にいるんじゃないのかい?』



『まぁ、こっちにもいろいろと事情ってもんがあってな…どうだ、頼まれてくれねぇか?』



『金額とターゲット次第だな』





すると輝は指を三本立てた





『三百か、オレも安く見られたもんだな』




『いや、三千だ』




『ほぉ…で、ターゲットは?』




『魔神☆て男を知ってるか?』




『魔神☆がターゲットか…』




輝はヘネシーのグラスを取りながら言った




『ああ、ヤツのお陰でこのザマだ、ヤツの事を知ってるのか?』




『この話は聞かなかった事にしてくれ、三千どころか三億でもオレには無理だ』




そう言いながらアクセルはハイライトの煙を吐き出した




『何故だ?何故無理なんだ?』




『あの人のタマ獲れるヤツなんかこの世にいねーよ、諦めな…』




『ふざけんな!』




輝は叫びながら持っていたグラスをアクセルに投げつけた





パリーーーン





アクセルは避けてグラスは壁に当たり、粉々に粉砕した





『諦める気は無いのかい?』





『フンッ、諦めてたまるか!そんなにアイツが心配か!?』




輝は気にいらなそうに言った




『魔神☆が心配なんじゃねぇよ、魔神☆を的に掛けたアンタが心配なんだよ、じゃぁな』




アクセルはそう言いながら床にハイライトを落とすとブーツで揉み消し、部屋を後にした




新しいグラスにクラッシャーアイスとヘネシーが注がれ、クラッシャーアイスがパチパチと音を立てていた





翌日

カリギュラはBLOOD本部の最上階、代表室に向かった


昨夜の出来事、輝が撃たれた事、自分の行動をジャニスにどう説明すべきかを考えると、足取りも重かった


代表室の扉の前でカリギュラは一つ深呼吸をし、ノックをした




『カリギュラです』



『入れ』



重苦しい気持ちを押し殺し、扉を開いた




『どうしたカリギュラ、顔が暗いぞ、大丈夫か?』



『いえ、大丈夫です』



『輝が撃たれたらしいな』



『魔神☆に返り討ちにあったようです』



『で、輝はどうしてるんだ?』



『入院してますが撃たれたのは脚なので、すこぶる元気のようです』



『そうか、で、魔神☆に会った感想は?』




カリギュラは驚いた

魔神☆のマンションに行った事はジャニスが知るはずがないからである




『代表、どうしてその事を?』



『お前の顔を見ればわかる事だ、で、どうだったんだ?』



『なんと言ったらよいのか…上手く説明出来ません…ただ…』



『ただ?』



『普通じゃないと感じました』



『普通じゃない?俺もお前もカタギじゃないんだ、俺達も普通じゃないだろ』



『いえ、そういった事とは別の次元で普通じゃないと…』



『別の次元か…』



ジャニスは何かを考えているようだった

そしてダーツの矢を投げた



『カリギュラ…魔神☆をBLOODに入れろ』



『え…私がですか?』



『どうした?自信がないか?』



『あの男は組織という型に填り、大人しく言う事を聞くような人間とは思えません』



『じゃ殺すか?こっちは若いもんのタマも獲られて、NO2も鉛を喰らってるんだ、生かしておいてもBLOODにとってマイナス要素だ』



『わかりました、なにがなんでもBLOODに入れます』




カリギュラは自然と言葉を発していた


その事にジャニスも気付いていた




『そんなにあの男を殺すのは惜しいか?』



『あの人は代表と同じように、この国を根底から揺るがすような人です、殺すにはあまりにも惜しいです』









その言葉を聞き、ジャニスが笑みを浮かべたようにカリギュラには見えた




























ぎゃーーーーーーーー








男の放った銃弾は輝の左太腿に命中した





男はゆっくりと輝に近づき、もう一度銃を構えた




ピクリともしない輝を男は冷めた目で見下ろしていた





『ちっ…気絶してやがるのか…』





男は構えた銃を下ろし、ラッキーストライクを咥えた






その時、男はマンションの入り口の向こうに人の気配を感じ、扉に向かい再び銃を構えた





カリギュラはすぐさま、ガラスの扉越しに両手を挙げた







両手を挙げてからどの位時間が経過したのだろう…






カリギュラには、ほんの数秒がとても長く感じた





そして挙げた手でガラスの扉を押し、男の方へ歩み寄った





男は銃を構えたまま言った






『アンタ誰だい?こいつらの仲間か?』




『私はBLOODのカリギュラと申します。そこで気を失ってるのはウチのNO2で輝といいます』




『こいつらを助けに来たのか?それともオレとケンカしに来たのか?』




『いえ…残念ながら、そのどちらでもありません』




『へー…そりゃよかった…』





『それはどういう事でしょうか?』





『アンタ強そーじゃん、アンタとやり合うにゃオレ本気出さなきゃならなそーじゃん』





『あくまでも私の個人的な意見なのですが、私は貴方と事を構える気は全くありません』





『ほぅ…アンタ面白いねぇ…で、ここへは一体なにをしに?』




『二つ…いえ、三つ程質問があるのですが…』




カリギュラがそう言うと、男は銃を下ろした




『答えられる事ならいいくらでも答えるよ。あ…ずっと手挙げてるのって結構辛いよね?手を下ろしてよ』




そういいながら男はラッキーストライクに火を付けた




カリギュラは手を下げ、首を軽く二、三度回した





『で、質問て何?』





『まず一つ目ですが、貴方魔神☆さんですか?』




『そーだけど』




魔神☆はそう言いながら煙を吐き出した




『では魔神☆さん、二つ目の質問です。まずはこの書類を見ていただけますか?』




カリギュラは魔神☆について書かれた資料を手渡した





魔神☆は静かにその資料に目を通していた





魔神☆が吸い込むラッキーストライクの葉が燃える音がマンションの廊下に響き渡る程の静寂の中、カリギュラと魔神☆は目が合った





『そこに書かれてる事は全て本当の事なのでしょうか?』





『ほぼ間違いはないね。多少大袈裟な部分はあるけど』





魔神☆はそう言いながら指で挟んでいたラッキーストライクを廊下の床に落とし、ブーツで揉み消し、資料をカリギュラに返した





『で…三つ目は?






『三つ目は…ウチの輝は殺すんですか?それとも…』





『殺さねーよ』





カリギュラの言葉を遮るように魔神☆は言った





『何故ですか?』





『それって四つ目の質問だよね?』





カリギュラは苦笑いし、魔神☆は大笑いしていた





『すみません…一つ増えてしまいました』





『気分じゃねーな』





『え?』





『だからさー殺す気分じゃねーのよ』





三人殺すも四人殺すもたいした違いはないだろう




大体普通は気分で人を殺す、殺さないを決めたりしないだろう







掴みどころない男だ







『腹減ってねーかい?』





『はい?』





『オレ腹減っちゃってよー、今から吉牛に行くけど一緒にどーよ?』





『いえ…まさかNO2が気絶してる所を後にして吉野家に行くわけには…』




『あー、じゃオレ行くわ。悪いんだけど死体の処分お願いしてもいいかな?』




『わかりました』




魔神☆はガラスの扉に向かい歩き始め、カリギュラの横を通り過ぎた




その時、何かを思い出したかのように立ち止まった





『あ…カリギュラさんだっけ?』





『はい。何か?』






『お宅の代表…ジャニスっていったっけ?』





『ええ、そうですが何か?』





魔神☆はラッキーストライクを咥え、火を付けた





『代表の事…リスペクトしてる?』





『勿論です(断言)』






『そう…お宅の代表…幸せ者だな…アンタみたいな部下がいて』








魔神☆はそう言いながらカリギュラの方を振り返る事なく右手を挙げ、その手を振った







人工大理石を張ってある廊下の床を魔神☆のブーツのヒールが冷ややかな音を連れ、ガラスの扉の向こうの漆黒へと消えていった