前回の続き
スペック
↓
性別:男
職業:大学生
趣味:ギャンブル(←これが良くない)
肥満、薄毛、低身長、高血圧(運動不足)
クレカ分割分、消費者金融の借金有(クレカ残債と合わせて総額40万円程度)(2024年4月現在)
≪浪人期(後半)≫
現役の時までは、「センター試験」であったが、浪人の年から「共通テスト」に変わった。(不運)
浪人時の共通テストの成績は、現役時のセンター試験の成績と比べて、20点程度上がっただけだった。
センター試験と比べて問題が難化したとはいえ、1年かけて20点程しか上がらなかった。
20点上がっただけでは、当然、A大学には全然全く届かない。
試験中、問題を解いているときにも、手ごたえを感じなくて「もう一年か?」などと考えていた気がする。
しかし、これ以上の浪人は親が許さなかった。
理由はいろいろある。
最大の理由は精神的なストレスである。
浪人期間で、自分も、母親も気が狂ってしまった。
何がきっかけかは覚えていないが、母親が「死にたい」だの「消えたい」だの言い出したのである。
確か、母親に対する不満を言った後からそうなったのだと記憶している。
書いていて思い出した。
自分は母親の発言が気に入らなくて秋ごろに不満を言った。
「1年間○○万円の授業料がかかっている。」とか「早くA大学の学生のお母さんになりたい。」とか「□□君のお母さんが羨ましい」などの発言を繰り返し日常的に受けて、(ある程度は我慢していたが)不満が爆発してしまった。
高い授業料がかかっていることは何度も言われなくても理解しているし、お前をA大学生のお母さんにするために勉強しているわけじゃないなどと考え、優秀な同級生と比較されるについても嫌気がさしていた。
当時の授業料○○万円の重みもアルバイトを始めた今なら理解できるし、嫌味の一つも言いたくなる気持ちも分からなくもない。
しかし、それを本人に執拗に言い聞かせる必要があったのかについては今でも疑問である。
そんな中、嫌味などを一切言うことなく、ただただ見守ってくれた父親には感謝している。
(まあ自分に興味がなかっただけかもしれないが。)
((ちなみに、授業料についてグチグチ言うのは大学に入ってからも続いている。
大学の授業料についてである。もういい加減にしてくれと思い、大学に入ってからも一度ブチ切れた。))
母親に不満をぶちまけた秋頃といえば、模擬試験でマークミスをしてしまった頃である。(前回参照)
マークミスで自分もイライラしている中で、母親から嫌味を聞かされ、これまで我慢できていたものが我慢できなくなった。
母親が「死にたい」だの「消えたい」だの言い出したのは、母親に不満をぶちまけて以降である。
母が「死にたい」と言うと、死ねばいいと思う反面、母が死ぬかもしれないという懸念で勉強に集中できなかった。
母に不満を言うと、母は「死にたい」というので、それ以降は母に対する不満を飲み込んでいた。
というか、「死にたい」という言葉を盾に嫌味を言われると何も言い返せない。
こちらが我慢して不満を言わないでいると、不満であると伝えたにも関わらず、母はそのことを忘れまた嫌味を口にする。
自分も母も、もはや勉強や受験に集中できる状況ではなくなっていた。
自分としては納得いく環境で勉強できなかったため、納得いく環境の下でもう一年浪人したいと考えていた。
しかし、母からの強烈な反対と、もう一年浪人したとして母からの嫌味がなくなるのか、もう一年浪人すると本当に母が死んでしまうのではないか、と考え更なる浪人はしないことになった。
そういうわけで、これ以上の浪人はしないことになった。
浪人時は、当初の目標だったA大学を受けても到底無理なので、現役時に合格できたC大学よりも少しだけランクの高いB大学を受験した。
続きはまた明日。
(メモ)
こうして振り返っていると、いかに自分が自分勝手かよく分かる。
現役の時に全力で勉強したわけでもないのに、当然のように浪人をさせてもらい、
浪人期間に入ってからも、最初の3か月間はロクに勉強もせずに、文句を言われれば一人前に反発する。
そりゃ嫌味も言いたくなるか。
人生が上手くいかないときには「大学受験に失敗してから人生が狂った。大学受験に失敗したのは母のせいによるところが大きい。」などと考えていたが、そもそも現役の時に全力で勉強しなかった自分が悪いし、浪人のときの不満の伝え方にも問題があったかもしれん。
もう一年浪人させてくれ???バカすぎて笑えてくるね
反省すべきことが多すぎて要領よく書けない。
