世の中には良いことと悪いこと、どちらが多いだろうか。












俺の答えは、「どちらもない」


そこにあるのは事実だけで、それが良いことか悪いことかは感じる人次第である。



たとえば、戦争で多くの人が死んだとする。
普通の感覚なら、それは「悪いこと」だろう。
しかし、そのおかげで環境破壊が抑えられたり、飢餓の人に食料が回ってくるかもしれない。
考えようによっては、それは「良いこと」だろう。



「戦争」なんていう極端な例ですらそうなのだから、我々が普段体験している全てのことも、単なる事実でしかない、と言えるだろう。

その事実によって一喜一憂するのは仕方ないことだし、当然のことだ。
しかし、それにとらわれすぎて未来に進めないようでは意味がない。


事実を事実ととらえて、今やるべきことができるようにしよう。
バスケは切り替え(トランジション)のスポーツだと言われている。
オフェンス→ディフェンス、ディフェンス→オフェンス、シュート→リバウンド、ディナイされる→バックカット、ミス→次のプレーへ…


普段の生活でも切り替えの大切さは変わらない。
オンオフの切り替えがうまい人は周りに尊敬される。


切り替えを素早く行う為には2つのことが必要だと考えられる。

・その時やるべきことを分かっている。
・やるべきことをする準備ができている。


起こってもおかしくないことに対して予測・準備をしておき、次やるべきことが明確にできたら、切り替えはかなり速くなる。


「スラムダンク勝利学」の辻秀一先生は「どうしてそんなに切り替えが速いんですか」という質問にこう答えている。

「私は切り替えを速くしているのではない。今やるべきことをやっているだけだ」


今やるべきことに関してはまた今度…。
なぜルールは守らなければいけないか。
高校生にもなればこんな答えが返ってくることだろう。

「みんながルールを守らないと社会がめちゃくちゃになるから」


しかしこの考えはよくよく考えると少し危険だ。
自分一人ならやっても良いか、という考えに発展しやすいし、
自分がルールを守っているのに誰かが守っていないのを見るとイライラしてしまうかもしれない。


学校でよくある、ルールが破られる現場は「掃除」である。
はっきり言って一人減ったところで、掃除にはほとんど影響がない。
(サボると影響が出るように少ない人数で設定する場合もあるが。)

だから「自分一人ならいっか」という気持ちでサボる人もいれば、
それを見て「なんで俺は頑張ってるのにあいつは…」とイライラする人もいるだろう。



俺の考える「ルールを守る意義」は違うところにある。

人は誇りを持てる行動をすべきである。
(これについては前の日記を参照)
ルールを破るやつが自分に誇りを持てるだろうか。

髪を染める、化粧をする、掃除をサボる、遅刻をする…
小さいように思えるその「ルール破り」が、人生の大事な局面で自信を奪い、人を失敗に導いていく。


過去は忘れよう。
これからはルールを守って、誇りを持てる人生を歩んでほしい。
社会ではなく自分のために。