ぷりおのブログ -86ページ目

いっぱい遊びます

地震から1ヶ月が経ちました。
大きな余震があったり、原発の問題や、未だ行方不明の方多数。
被災地の方の気持ちを思うと、やりきれない気持ちになります。

東京は、電力供給が間に合うようになってきたので、計画停電が中止になり、ほぼ平常通りになってきました。
でも、気持ちは沈みがちです。
楽しい事に後ろめたさを感じたり…。

でも、こういうときこそ、被災地から離れた私たちは『普通』に生活をしないといけないんですってね。

しっかり消費して、しっかり経済まわすことが、東北・茨城を元気にすることなんだと…。

なので、私、マイルール作りました。
ミク友のパクりなんですけど。

マイルール
『楽しい事をしたら募金をする』

日常から少し離れた楽しい事をしたら、募金していこうと思います。
外食したり、旅行行ったり、その度に募金していこうと思います。
最低1年は続けます。

楽しんで、しっかり経済活動して、人助けをする。

だから、私、いっぱい遊びます。

あれこれ

3月11日の金曜日、横浜の高層ビルの26階で地震に遭いました。

そのビルは最新の免震構造を誇るビルで、『揺れて』力を逃す造りになっているようで、日頃の小さな地震でも、ぐわんぐわん揺れるビルだったので、地震が始まったそのときも、
『あ、また?』
という感じで、余裕ぶっこいていました。

しかし、尋常ならぬ揺れ。
嵐の中の船のように、縦にも横にも揺れているようで、端末室で作業中だった私は、他の協力会社の方と机の下にもぐり、ただただ揺れが治まるのを待っていました。

それからは、一緒に働いているメンバーの安否確認でドタバタ。
携帯は使えず、内線や固定電話で、関係各所に連絡をとりまくっていました。
もちろん、旦那や保育園にも。
でも、保育園にはつながらず…。
娘の通う保育園は、平屋だし、先日、耐震補強工事が終わったばかりだし、地盤が硬い土地だし、お昼寝の時間帯だったし、無事だとは思うけど、心配で心配で…。

すぐにでも駆け付けたかったけど、電車は動いていないし、ビルの館内放送で、外に出てはいけないと案内されていたので、自席待機。(最新設備のビルなので、ビルの中が一番安全なんだそう)

電話は全くつながらなかったけど、会社のPCからはネットにつなげたので、気象庁のHPや、Yahoo!ニュース、電鉄会社のサイトを見ながら、情報収集してました。
でも、外の状況はわからず。
ビルの上から下を見ると、他の建物から避難した人たちで、ビルの脇の広場は人で埋め尽くされ、階下に見える高速には、車は走っておらず、一般道の車はビタっと動かなくなっていました。

どうやら東北が震源地らしい。

そのときは、ホント情報がなくて、こんな大惨事になってるなんて、知らなかったのです。

暫くして旦那と。
もう暫くして保育園と連絡がとれ、みんなの無事を確認。
保育園は、先生がずっと待機してくれるといってくれました。
ありがたい。

旦那は地震後すぐにタクシー待ちをして保育園に向かおうとしてくれたのだけど、4時間待ってもタクシーには乗れず。
(旦那の勤務地は世田谷区の南のほう。歩くにはあまりにも遠い。)

私は、ビルから出る事もできず。

途方に暮れていたのですが、タクシー待ちをしている旦那を、同じ職場の人がずっと見ていたようで、
『奥さんが車で迎えに来るから、乗せて行ってあげるよ』
と言ってくれ、なんとか保育園に行けるメドがたちました。
でも、ものすごい渋滞。
このときすでに19時。

迎えに行けるのが何時になるかわからない状態で、私も電車が動きだしたら、とにかく帰ろう。
その一心でした。

23時。
やっと、都心に向かう私鉄が運転を再開。
横浜から東横線で渋谷。
渋谷から井の頭線で明大前。
明大前から京王線。
京王線の某駅からバスで、最寄り駅の東隣駅。
そっから歩いて、夜中の2時半にやっと家にたどり着きました。

途中、携帯がつながったりつながらなかったりしたけれど、なんとか0時半に、旦那が保育園に到着した事がわかったので、安堵の気持ちで一杯でした。
一番最後のお迎えだったようです。

私が帰宅したときには、娘は、自宅ですやすやと寝ていました。
ホッとしました。

でも、テレビをつけると、目を覆う、すごい映像が飛び込んできました。

言葉になりません。
私は、そのとき初めて、事態の深刻さに気付きました。

あれから半月が経ちました。
被害の全容は未だ把握できていないようです。

一人でも多くの命が助かりますように。
一人でも多くの方が、愛する人の元に帰れますように。

不便だと思える事が幸せだと思った

地震、津波、原発…。
毎日の報道に胸が痛みます。

東京は、モノ不足も少しずつ解消されてきて、計画停電もあったりなかったり。
先週は、電車の間引き運転で、通勤に2~3時間かかったり、色々混乱もあったけど、ようやく落ち着きをみせてきました。

震災に遭われた方が、1日でも早く穏やかな日常が送られるようになる事を願ってやみません。